Amazon Web Services ブログ

[AWS Summit Japan 2025] 生成 AI を用いた教育業界向けソリューションデモのご紹介

教育業界において生徒一人ひとりに最適化された学習体験の提供や、教員の業務効率化が重要な課題となっています。近年の生成 AI の登場は、これらの課題に対する有効なソリューションとして期待されています。特に生成 AI を取り巻く技術は目覚ましい発展を遂げており、教育分野での活用可能性はますます拡大しています。こうした状況を踏まえて、2025 年 6 月 25 日・26 日に開催された AWS Summit Japan 2025 において生成 AI 技術を活用した教育業界向けのソリューションのデモ展示をいたしました。AI エージェントを活用した「Education AI Assistant」と、RAG を用いて個別最適な学習計画を作成する「Teaching Plan Personalizer (TP2)」の 2 つのデモを通じて、現在の生成 AI 技術が教育分野でどのような可能性を秘めているかをご紹介しました。
当日は教育業界の関係者を中心に多くの来場者の皆様にお越しいただき、熱心にご覧いただくとともに、活発な議論を交わすことができました。また教育機関での活用だけでなく、企業内研修や人材育成の観点からも高い関心をお寄せいただき、今回のデモの幅広い応用可能性を実感いたしました。
本ブログでは、Summit 会場にてご紹介したデモの詳細を解説し、現在の生成 AI 技術が個別最適な学習の実現にどのように貢献できるかを、より多くの皆様にお伝えしたいと思います。以下では、2 つのデモの展示内容について詳しくご紹介いたします。

AWS Summit Japan 2025 教育チーム出展ブースの当日の様子

図 1: AWS Summit Japan 2025 教育チーム出展ブースの当日の様子。

デモ展示 1 : Education AI Assistant

Education AI Assistant は教員が利用するシステムを想定して開発されたデモです。主に 2 つの機能を持ち、1 つは教育ダッシュボード画面に埋め込まれた成績データ分析エージェント機能で、もう 1 つは教材作成に特化したエージェント機能です。またこれらがマルチエージェントシステムとして動作するチャット画面も実装しました。これらはいずれも AI エージェントという技術を使って実現されています。AI エージェントは単にテキストを生成するだけでなく、ツールを関連づけることでタスクに対して適切なツールを選択し自律的に考え実行をします。Education AI Assistant は教育業界の課題に対する、AI エージェントの仕組みを用いたソリューションデモとなっています。
以下では成績データ分析エージェントおよび教材作成エージェントの詳細をご紹介します。

Education AI Assistant のアーキテクチャ図

図 2 : Education AI Assistant のアーキテクチャ図。

成績データ分析エージェント

解決したい課題

個別最適な学習を実現する上で、学習者のデータに基づいた現状の把握が欠かせません。そのため学習者の成績や学習履歴といったデータを収集することがまずは重要になります。データを集めたのちに、データを適切に分析し解釈し次のアクションに繋げてようやくデータの価値が生まれます。しかしこのようなデータ分析はスキルや経験を要する作業です。

生成 AI を活用したソリューションアプローチ

上記課題を踏まえて、今回のデモでは生成 AI を用いてデータ分析を実行する機能を実装しました。成績データの保存されたデータベースに対して生成 AI が自然言語から SQL 文を生成し、SQL クエリを実行します。AWS の生成 AI サービスである Amazon Bedrock には RAG 機能を実装するための Amazon Bedrock ナレッジベースという機能があり、自然言語から構造化データを取得する機能をサポートしています。この機能を活用することで、データ分析が可能となります。ユーザーがデータ分析を開始するボタンを押すと、AI エージェントにデータ分析に関するリクエストが送られます。AI エージェントはデータ分析のプランを立てます。そしてそれに基づきナレッジベースを使って自然言語から適切な SQL クエリを生成し実行します。十分に分析が完了するまで必要な SQL クエリの生成・実行を AI エージェントは繰り返します。こうしてデータ分析が完了すると、最後に人が読んでわかりやすい形式に文章として分析結果を生成します。(図 3)

成績データ分析エージェントのデモ


図 3 : 成績データ分析エージェントのデモ。ユーザーはまず生徒名でデータをフィルタリングする。その後、分析を行うボタンをクリックすると AI エージェントが呼び出される。AI エージェントは自身が考えたプランに従って成績データに対し SQL 分析を実行する。最終的な分析結果が、基本情報・成績推移・強み・課題といった項目に分かれて表示される。

成績データ分析エージェントがもたらす価値

AI エージェントと自然言語クエリを組み合わせることで、SQL 文の生成やクエリの実行、さらにクエリの結果に基づいた更なるクエリの実行を生成 AI が自律的に実施します。これにより必ずしも高度なデータ分析スキルがなくとも、生徒のデータからインサイトを得ることができます。分析クエリを AI エージェントが得られた結果に基づいて考えるため、定型的な分析のフローよりも柔軟な分析が可能になります。さらに今回のデモでは、得られた結果から次に取り組むべきアクションの提案まで表示させています。データを分析し結果を解釈し次のアクションに繋げるという一連のフローをサポートする機能になっている点も本デモのポイントとなります。

アーキテクチャ・技術的詳細など

成績データ分析エージェントの構成

図 4 : 成績データ分析エージェントの構成。構造化 RAG のナレッジベースと、SQL 静的解析ツールのアクショングループを紐づけている。

成績データ分析エージェントの実装では、Amazon Bedrock のエージェント機能である Amazon Bedrock Agents を利用しています。また、自然言語から SQL クエリを生成する部分では構造化データに対するナレッジベースを利用しています。これはデータソースとして Amazon Redshift をサポートしているため、成績データを Amazon Redshift に保存しています。また生成されるクエリの精度を高める工夫として SQL 静的解析ツールをアクショングループとして作成しています。アクショングループとは Bedrock Agents が使えるツールのことで、実装は AWS Lambda を用いています。SQL 静的解析ツールでは、SQL の文法チェックやデータベーススキーマ(テーブル名、カラム名など)との整合性の検証を行い、実行前に SQL クエリの正確性を確保しています。これらアクショングループやナレッジベースをエージェントに紐づけることでエージェントはタスクに応じて適切なツールを選択し実行します。

発展/展望

今回のデモでは生徒の成績データを対象にデータ分析を行い、クラス全体の傾向を掴んだり個別最適な学習に活かせることをお見せしました。今回は成績データを Amazon Redshift に保存していましたが、実際には Amazon Relational Database Service (Amazon RDS) などその他のデータベースに保存されていることも考えられます。AI エージェントが利用可能なツールの情報や仕様をやり取りするプロトコルとして MCP (Model Context Protocol) があります。利用したい API や実行したいアクションを MCP Server として構築することで、AI エージェントが利用できるようになります。AWS サービスに接続するための MCP Server も公開されており、例えば Amazon AuroraAmazon DynamoDB などのデータベースに AI エージェントがアクセスできます。このように Amazon Redshift 以外のデータソースにも自然言語クエリを実行できるツールを作成することができます。こうしたものをエージェントに紐づけることで多様なデータソースに対して分析可能な AI エージェントが実装可能です。また活用すべきデータは成績データにとどまりません。出席状況や体調に関わるデータなどもユースケースに応じては活用すべきです。他にも授業の様子など生徒の活動記録といった非構造化データも活用の余地があります。このように今後の発展として、様々な角度から生徒の状況を理解するためにさらに多様なデータを扱える AI エージェントの実現が挙げられます。

教材作成エージェント

次に Education AI Assistant のもう一つの機能である、教材作成エージェントをご紹介します。

解決したい課題

個別最適な学習を提供する上で、生徒一人ひとりに合った教材の作成は欠かせません。2025 年 6 月にデジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省から公開された教育 DX ロードマップにおいても子供たちを取り巻く背景として、自分らしい学びの実現に課題があると言及されています。生徒の興味関心や理解度に応じて、教材の内容や形式を柔軟に変えられることができれば個別最適学習の実現に近づきます。一方で一人ひとりに対して教材をカスタマイズすることは時間のかかる作業であり現実的とはいえません。

生成 AI を活用したソリューションアプローチ

上記の課題に対して、生成 AI を用いた教材作成機能のデモを開発しました。生成 AI を用いることで個別の要件も柔軟に教材に反映させることができます。一方で単に生成 AI に教材を作らせようとすると、知識に限界があったり計算間違いの可能性を孕んでいたりと課題があります。そこで本デモでは AI エージェントに Web 検索や計算(四則演算)のツールを組み合わせることを考えました。これにより、生成 AI が知らないトピックでも Web 検索によって知識を獲得でき、計算が必要な教材作成では計算ツールを使って正しい結果を得ることができます。さらに学習指導要領に則った教材を作成するために、学習指導要領をデータソースとした RAG 機能も組み合わせています。

教材作成エージェントのデモ


図 5 : 教材作成エージェントのデモ。ここでは英語の会話の練習をテーマに設定している。また詳細な指示として、「直近 1 ヶ月の日本の行事やイベントをテーマにすること」と指示を与えている。指示が AI エージェントに送られ、AI エージェントは要件を満たす教材作成を行う。行事やイベントの情報を取得するために Web 検索をしながら英語の教材が生成されている。

教材作成エージェントがもたらす価値

教材作成エージェントを用いることで、要点を押さえつつ生徒一人ひとりに合わせた教材が作成可能です。特に教員はいくつかの入力項目を埋めるだけであとは自動的に作成されるため、カスタマイズされた教材を効率よく作成できます。また四則演算ツールは生成された問題の検算や計算問題の解答生成に活用できます。 Web 検索ツールを使うことでリアルタイムな情報やより専門的な情報にもアクセスすることができます。加えて学習指導要領の RAG と組み合わせる事で、問うべきポイントを重視した教材生成も可能になります。このように生成 AI にいくつかのツールを組み合わせることで教材の質向上にもつながっています。最後に、本デモでは出力形式を HTML のソースコードとしました。これをレンダリングすることでそのまま教材として使えるようなビジュアルでのアウトプットを可能にしています。

アーキテクチャ・技術的詳細など

教材作成エージェントの構成

図 6 : 教材作成エージェントの構成。ナレッジベースを利用した学習指導要領に対する RAG と、四則演算などのアクショングループを組み合わせている。

教材作成エージェントの実装においても、Bedrock Agents を利用して AI エージェントを構築しました。利用可能なツールとして日時取得・四則演算・Web 検索といったツールを組み合わせています。これらは AWS Lambda 上で実装され、アクショングループとしてエージェントに紐づけています。また、学習指導要領をデータソースとした RAG に関しては Amazon Simple Storage Service (Amazon S3) にデータを保存しています。ナレッジベースを利用して、ベクトル化したデータを Amazon OpenSearch Serverless に取り込んでいます。教材作成エージェントは必要に応じてナレッジベースを使ってベクトル検索を実行し、学習指導要領のコンテキストを取得し、それを基に適切な教材を生成します。

発展/展望

本デモではデータソースとして学習指導要領を用いましたが、これに加えて教科書や問題集のデータとの連携が今後の発展として考えられます。教科書と連携すれば生徒が実際に勉強した内容に沿った問題作成が可能になります。また問題集や過去問題などと連携することで類題生成も可能になり、試験対策に活用可能です。また、実際のデモではスーパーバイザーエージェントを介したデータ分析エージェントと教材作成エージェントのコラボレーションも実装しました。データ分析エージェントがデータ分析を実施して得意分野や苦手分野を把握し、結果に基づいて教材作成エージェントが得意を伸ばす教材や苦手をフォローする教材を作成する、というフローが実現できます。

デモ展示 2: Teaching Plan Personalizer (TP2)

Teaching Plan Personalizer (TP2) のデモ

図 7 : TP2 のデモ。生徒の習熟度や家庭環境などを選択する。その後指導計画を作成するためのプロンプトが生成される。生成されたプロンプトを確認したのちに、指導計画作成のボタンを押す。生成 AI がデータソースを参照しながら指導内容や指導の手立てを生成する。

解決したい課題

教育データの利活用に係る論点整理(中間まとめ)概要」において、きめ細かい指導・支援が目的として掲げられています。教員・子供・保護者視点で個別最適化された指導や支援は理想的である一方で、教員視点で以下の課題が発生しうると考えています。

  • 生徒ごとの状況を加味した指導・支援計画作成の負荷増大
    • 学年、科目ごとの習熟度や家庭環境など生徒ごとにきめ細やかに対応する必要が出てくる
  • 教員による計画の品質差異
    • 新任と中堅教員では経験による計画内容の品質や計画作成に割く時間に差異が出る
  • 中堅以上の教員のレビュー時間(回数)増加
    • 個別最適化された計画ごとのチェックを中堅以上の教員が担う可能性があり現状よりレビューする時間と回数が増加する

生成 AI を活用したソリューションアプローチ (TP2)

TP2 は特別支援学校向けソリューションで生徒に応じたカスタマイズ可能な UI/UX に加えて、上記の指導計画に関する課題解決のため以下のソリューションアプローチをとっています。

  • 学習指導要領の RAG 検索により一定水準の品質を保った計画作成を支援
    • 学習指導要領を RAG のデータソースとして利用する事で一定水準の計画内容を担保。また、学年と科目ごとのメタデータフィルタリングを利用することで関連性の高いドキュメントを検索。
  • Excel 及び校務データの生徒情報と RAG 検索結果を元に個別最適化された計画を生成
    • 指導要領の内容に加えて生徒ごとの習熟度や家庭環境などの情報を追加することで個別最適化された計画を生成 AI が作成。また、計画作成だけでなく手立ての評価(確認)ポイントも提示。
  • 一定水準の品質を保った計画生成により中堅以上の教員の負担軽減
    • 生成 AI を活用して計画の品質を向上することで中堅教員のレビュー時間と回数を軽減。

TP2 がもたらす価値

上記のソリューションアプローチにより個別最適化された指導計画作成の効率化に加えて、計画作成にあたり根拠となった指導要領の内容も UI 上に表示されるため、指導要領の検索時間も短縮可能です。また、現場では計画の紙ベースの保管も加味しExcel ファイルのデータ表示と編集をUI実装しており、TP2 で生成された計画内容だけでなく元の内容も加筆修正可能です。
TP2 を利用する中で計画のフォーマットや記載すべきポイントなど教員ごとに生成 AI へ指示する Prompt をカスタマイズしたいニーズも視野に入れ、Prompt の内容の表示と編集可能なUI実装となっています。

アーキテクチャ・技術的詳細など

TP2 のアーキテクチャ図

図 8 : TP2 のアーキテクチャ図。

Amazon Bedrock ナレッジベース、 Amazon Aurora Serverless と Amazon S3 で RAG を構成しています。今回のブースデモではデータ量とコスト観点でベクトルデータベースとして Amazon Aurora Serverless を利用しましたが、TP2 は AWS Cloud Development Kit (AWS CDK) で IaC 化されておりユースケースに応じて Amazon OpenSearch Serverless をデプロイ時に選択することも可能です。
指導計画と評価の生成は Amazon Bedrock と Amazon Nova を利用しています。AWS と校務システムが連携できた場合を想定して擬似校務データベースとして Amazon DynamoDB に生徒情報を格納し、Excel 記載の学生の氏名から家庭環境などの情報を取得しています(学籍番号など一意になる情報推奨)。
フロントエンドは React を利用して、Amazon CloudFront と Amazon S3 でシングルページアプリケーション (SPA) をデプロイしています。

発展/展望

個別最適化された計画生成の精度向上の観点では、卒業生などの蓄積された指導計画のデータソースを活用することで精度向上が期待できます。例えば、同傾向の卒業生のデータをもとに効果が高い計画を生成できる可能性があると考えます。
TP2 は個別最適化された指導計画生成に焦点を置いていますが、評価の高かった過去の計画をもとに生成 AI で作成した計画のレビューを追加実装することで中堅以上の教員の負荷軽減も可能だと考えています。

まとめ

本ブログでは AWS Summit Japan 2025 にて教育業界向けブースで展示をした 2 種類のデモについてご紹介しました。
今回ご紹介したデモが、教育業界の課題解決に役立てられれば幸いです。
最後に、本ブログでご紹介したデモに関して、ご興味・ご質問をお持ちのお客様はお問い合わせフォームもしくは担当営業までご連絡ください。また会場で投影しておりました資料をこちらからダウンロードいただけます。

本ブログは、アマゾン ウェブサービス ジャパン合同会社 パブリックセクターのソリューションアーキテクト、田村健祐、小泉秀徳が執筆しました。