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【開催報告】AWS Summit Japan 展示 : Amazon Nova Canvas の Virtual try-on でリアルな商品試着と配置を実現し、返品率を削減する
2025 年 6 月 25 日、26 日の 2 日間に渡り、AWS Summit Japan 2025 が開催されました。私の所属する流通小売消費財のチームでは、「The Future of Retail – AWS の提案するリテールの少し先の未来」をテーマに展示を行い、e コマースサイトと実店舗を融合させ、パーソナライズされた、フリクションレスなショッピング体験を多くの方に体験いただきました。
その展示の一つとしてご紹介したのが、仮想試着、Virtual try-on です。オンラインショッピングの大きな課題の一つに、衣類やアクセサリーなどの身につけるアイテムは、実際に自分で着用してみないとイメージが湧きにくく、また自分が既に持っている洋服とのコーディネートが想像できないため、購入に踏み切れないという点があります。さらに、実店舗でも試着室に入って着替えるのが面倒と感じるお客様も少なくありません。Virtual try-on は、これらの課題を解決する技術として注目されています。実際に店舗に足を運ばなくても、また試着室で着替える手間なく、オンライン上で商品を自分の体や空間に合わせて試着・配置できる革新的な技術です。衣類や家具、アクセサリーなどを、店頭に飾ってあるデバイスや、スマートフォンの画面上でリアルに試すことができ、購入前に商品のフィット感や見た目を確認できる新しいショッピング体験を提供します。
この Virtual try-on の技術は、Amazon Bedrock から利用できるモデルの、Amazon Nova Canvas の Virtual try-on 機能を使って実現することができます。2025 年 7 月 2 日に一般公開されたばかりの最新の機能です。Nova Canvas では、衣料や帽子、靴、アクセサリーの他にも、ソファなどの家具、商品をお部屋やお好みの背景画像に配置するケース、さらには好きな模様を T シャツなどに転送するケースなどにも活用することができます。
本ブログでは、AWS Summit での Virtual try-on 展示について、技術解説をしていきます。
Virtual try-on によるビジネス効果
小売業にとって、注目すべき調査結果があります。NRF(全米小売業協会)の推計によると、2024 年の返品額は、年間売上高の 17% にも及び、小売全体の返品額は、140 兆円にものぼるそうです。この数字をご存知でしたか?返品率をいかに下げるかということは、売上に対して直接的な影響を与える重要な課題となっています。これは、e コマースサイトであっても、実店舗であっても共通の課題と言えます。
そこで Virtual try-on 技術の活用が一つの解決策になるのではないでしょうか。お客様が購入前に商品を仮想的に試すことで、「思っていたのと違った」「サイズが合わなかった」といった購入後のギャップを低減できる可能性があります。実際に自分の体型や顔に合わせた試着体験や、自宅の空間に家具を配置してみるなどのシミュレーションにより、より確信を持った購入決定につながるかもしれません。このような体験の提供が、返品率の改善に寄与することが期待されます。
「商品」を生成 AI で扱うことの難しさ
画像生成 AI モデルの進化により、簡単に高い品質の画像を生成できるようになりました。しかし、従来の方法では、商品画像を扱う際にいくつかの課題がありました。例えば「美しい画像は作りたいが、商品の画像が変わったら意味がない」という問題。ファッションアイテムや家具などの商品を AI で表現する場合、見た目の美しさだけでなく、実際の商品と同一であることが重要です。また「作ったはいいが、商品だけ浮かび上がって不自然になってしまった」というように、背景や人物との自然な融合が難しいという課題もありました。従来の方法では、複雑な画像の前処理や、高品質なマスクの生成、複数のワークフローによる試行錯誤が必要で、手間やコストがかかっていました。
Amazon Science では、この課題に対する新しい画像モデルを発表しました。その技術を皆さんにご利用いただける形で提供するのが、Nova Canvas の Virtual try-on 機能です。商品画像 1 枚と、人物や部屋などの写真を 1 枚用意して、Nova Canvas へ生成を依頼するだけで、商品の詳細な特徴を維持しながら、影、角度、照明などを自動で調整し、低コストで高品質な着せ替え画像が生成できます。
ファッション業界におけるリアルな試着
AWS Summit の展示では、等身大の筐体に表示された、大きな 3D のアバターに対して商品を仮想試着させることで、購買者が実際に着用したイメージを確認しながらショッピングを楽しめるようにしました。来場者の方々は、自分が選んだ衣類がどのように見えるかを視覚的に確認でき、試着室に入ることなく様々なスタイルを試すことができました。
また、スマホからアップロードした画像に対して、リアルタイムで着せ替えを行い、服の組み合わせを確認できるようなユースケースのデモも展示しました。お客様自身のスマートフォンで店舗に表示された QR コードを読み取り、表示された Web アプリ上で自分自身の写真を読み込むと、リアルな試着が表示される、というシーンを想定しています。これにより、お客様は商品と自分の服の組み合わせをすぐに試すことができ、よりパーソナライズされたショッピング体験が可能になります。
このような技術により、オンラインと実店舗の境界を超えた、新しい体験を提供することができるのです。リアルタイムの Virtual try-on アプリは以下のようなアーキテクチャで実現できます。
これを実現するには、Amazon Bedrock ランタイムの invokeModel API を使います。この API のリクエストとレスポンス構造、扱える画像サイズの詳細については、Amazon Nova ユーザーガイド(英語) をご覧ください。Virtual try-on では、新しい taskType
として、"VIRTUAL_TRY_ON"
を指定します。使用する画像はソース画像と参照画像の 2 枚で、Base64 文字列に変換する必要があります。AWS Summit で展示したこちらの生成例では、参照画像の正面を向いている女性が着ている黒いジャケットを、ソース画像の横を向いている女性に着せていますが、実際のコードはどうなっているでしょうか?
まずは以下のように、virtualTryOnParams
オブジェクトを使用して、推論パラメータを指定します。まずは、maskType
を選んでから、ソース画像のどの領域を差し替えて、どの領域を残すかというマスキングを指定します。"GARMENT"
という衣料品用のマスクタイプを選択し、トップスを意味する "UPPER_BODY"
という garmentClass
を選択しました。他にも、シャツ、ボトムス、全身、靴、など複数のタイプから選択できます。今回のケースでは、出力の様子を見ながら、"LONG_SLEEVE_SHIRT"
に変更し、調整しても良さそうです。また、高品質で出力させたかったので、quality
を “premium”
として、選択しました。オプションの全リストは Amazon Nova ユーザーガイド(英語) を参照してください。
import base64
def load_image_as_base64(image_path):
"""画像データを準備するためのヘルパー関数"""
with open(image_path, "rb") as image_file:
return base64.b64encode(image_file.read()).decode("utf-8")
inference_params = {
"taskType": "VIRTUAL_TRY_ON",
"virtualTryOnParams": {
"sourceImage": load_image_as_base64("black_jacket.png"),
"referenceImage": load_image_as_base64("model_01.png"),
"maskType": "GARMENT",
"garmentBasedMask": {
"garmentClass": "UPPER_BODY"
}
},
"imageGenerationConfig": {
"quality": "premium"
}
}
次に、Nova Canvas で生成をするのに、invokeModel API を呼び出して先ほどの推論パラメータを渡します。以下のコードをご覧ください。
import base64
import io
import json
import boto3
from PIL import Image
# Bedrock Runtime クライアントの作成
bedrock = boto3.client(service_name="bedrock-runtime", region_name="us-east-1")
# 推論ペイロードの準備
body_json = json.dumps(inference_params, indent=2)
# Nova Canvas の呼び出し
response = bedrock.invoke_model(
body=body_json,
modelId="amazon.nova-canvas-v1:0",
accept="application/json",
contentType="application/json"
)
# レスポンスから画像を抽出
response_body_json = json.loads(response.get("body").read())
images = response_body_json.get("images", [])
着替え済みの画像が生成できました。参照画像の洋服が正面で、ソース画像が横向きであっても、Nova Canvas は自動的に角度を調整し、横向きの着用イメージとして生成します。黒いジャケットの丈の長さも、参照画像のイメージを崩さず、生成できていますね!
家具や小物をお客様のお部屋に配置しイメージアップ
お部屋の採光によって、家具の見え方も大きく変わります。店頭で見ただけでは部屋の色と花瓶の色がマッチするかイメージしづらいものです。また、イメージと違うソファだった時、返品も一苦労で、お客様体験が悪くなってしまいます。そんな時にも Virtual Try-on を活用できます。お客様自身のリビングルームや寝室の写真に、購入を検討している家具や小物を配置することで、実際の空間での見え方を事前に確認できます。
上記の例も、AWS Summit で展示した画像で、ソース画像のグレーのソファを、参照画像の茶色のソファーに置き換えたものです。このような体験を、お部屋の模様替えアプリとして、以下のアーキテクチャのように AWS サービスを組み合わせて提供することができます。お客様にお部屋の写真を提供していただき、お部屋にある家具などの類似商品を、自社の商品情報から検索して提示します。もしお客様が気に入った商品があれば、お部屋の写真に配置してシミュレーションすることが可能です。
今回のケースでは、先ほどの衣料品用の maskType
、“GARMENT”
は利用できません。そのような場合は、プロンプトでソース画像のマスク範囲を選択できる "PROMPT"
や、独自のマスク画像を使用できる "IMAGE"
タイプを使ってみましょう。衣料品以外の一般的な商品を簡単に差し替えたい場合は、 "PROMPT"
をお勧めします。厳密に配置する範囲を指定したい場合は、 "IMAGE"
がお勧めです。
今回は "PROMPT"
タイプを使い、promptBasedMask
の “maskPrompt”
を指定し、プロンプトとして「sofa with pillows」と指定しました。ソース画像のソファとクッションをマスクできるようにします。また、前後の差し替える商品の形が異なることを考慮して maskShape
で、"BOUNDING_BOX"
を指定し、四角形のマスクを適用できるようにしました。さらに、商品の特徴をより細かく生成するため、mergeStyle
で、"DETAILED"
を選択しました。
あとは、先ほどの生成の例で示したコードを実行するだけで、お部屋に新しいソファを置いた時のイメージが生成できるはずです。このように Nova Canvas では、オプションの変更だけで、マスクの形や生成の詳細さなどを調整することができるようになっています。
import base64
def load_image_as_base64(image_path):
"""画像データを準備するためのヘルパー関数"""
with open(image_path, "rb") as image_file:
return base64.b64encode(image_file.read()).decode("utf-8")
inference_params = {
"taskType": "VIRTUAL_TRY_ON",
"virtualTryOnParams": {
"sourceImage": load_image_as_base64("room_image.png"),
"referenceImage": load_image_as_base64("brown_sofa.png"),
"maskType": "PROMPT",
"promptBasedMask": {
"maskPrompt": "sofa with pillows",
"maskShape": "BOUNDING_BOX"
},
"mergeStyle": "DETAILED"
},
"imageGenerationConfig": {
"quality": "premium"
}
}
生成された画像は、角度の異なるソファが参照画像だったにも関わらず、先ほどと同様に、角度が調整されて出力されました。さらに、商品の特徴もしっかりと反映されています。また、Nova Canvas では、光の当たり方や影も自動調整できるので、ソース画像の、窓やブラインドから漏れ出る光や影も、自然に生成されていますね!これで新しいソファがリビングにマッチするという事を、確認することができました。安心して購入することができます。
パーソナライズされた商品レコメンデーションにより更なる返品率削減を狙う
AWS Summit 展示では、他にも、Agents により EC サイトと連携してリアル店舗でレコメンデーションを行うという展示も行っていました。
自分の好みに合う商品が提示されて、さらに自分で簡単に試着できたり、お部屋に置いたイメージをつけられたら、イメージと違うという事態を避けられるかもしれません。パーソナライズされたレコメンデーションと Virtual try-on の組み合わせにより、お客様は自分に最適な商品を見つけやすくなり、購入後の満足度向上と返品率の低減が期待できます。これは小売業者にとっても、顧客満足度の向上とコスト削減の両面でメリットをもたらす可能性があります。
まとめ
今回は AWS Summit で展示した Amazon Nova Canvas の Virtual try-on について解説しました。この技術により、オンラインショッピングと実店舗体験の境界を超えた、新しい購買体験が可能になるとともに、返品率の低減にも貢献できるのではないでしょうか。衣類の試着から家具の配置まで、様々なユースケースに対応できる柔軟性と、商品の特徴を正確に反映する精度の高さが、Virtual try-on の大きな魅力です。
小売業界が直面する返品率の課題に対して、この技術が一つの解決策となることを期待しています。ぜひ皆様のビジネスでも、Virtual try-on を活用し、お客様に新しい体験を提供してみてはいかがでしょうか。
ブースの技術解説コーナーで利用していたデモ解説などの資料は、こちらのリンクからダウンロードいただくことが可能です。
AWS Summit Japan 2025 開催報告ブログ
著者について
![]() 加藤 菜々美 (Nanami Kato)アマゾンウェブサービスのソリューションアーキテクトです。エンタープライズの小売・消費財業界のお客様を支援しています。AI/ML や、サーバーレスの専門チームにも所属しています。お客様の業種業態に特化したビジネス課題に対して、テクノロジーを駆使した解決手段をお客様と一緒に検討・策定し、展開するご支援をしています。 |