Amazon Web Services ブログ
AWS サーバレスサービスで実現するラーメン山岡家のキッチンオペレーション効率化
はじめに
本ブログは、株式会社丸千代山岡家と Amazon Web Services Japan が共同で執筆しました。
みなさま、こんにちは。AWS ソリューションアーキテクトの本田・大久保です。
株式会社丸千代山岡家様(以下、山岡家) では、 券売機から注文情報が自動的に厨房のタブレットに連携され調理が開始できるタイマーアプリとして「ゆで麺タイマー」を 2019 年より開発し、従業員の早期戦力化や体験向上といった課題解決にアプローチしています。
2025 年 6 月 25 日 ~ 6 月 26 日に幕張メッセで開催された AWS Summit Japan 2025 では、ラーメン山岡家様のブースにて、経営企画室 副室長 テクニカルエンジニアの田中様より、実際の店舗運用で活用されているゆで麺タイマーの仕組みをご紹介いただきました。会場では、来場者が直接ゆで麺タイマーの操作を体験できるデモも実施され、多くの方々から高い評価をいただきました。
本記事は、AWS Summit Japan 2025 での山岡家様ブース展示内容をもとに再構成したものとなります。

図1 : AWS Summit Japan 2025 での展示の様子
ラーメン山岡家とは
株式会社丸千代山岡家は、北海道を本社とするラーメン専門店「ラーメン山岡家」を運営する企業です。山岡家では、好みに応じてラーメンをカスタマイズできるサービスと、豊富なサイドメニューが人気を博し、東日本の主要幹線道路沿いを中心に 150 店鋪以上を展開しています。
山岡家における「麺あげオペレーション」の課題
麺の調理を担当する「麺あげ」は、調理の中でも重要なオペレーションです。山岡家では、顧客好みの固さにオーダーすることができ、調理の際にはメニューごとに麺の種類を使い分けています。従来の「麺あげ」オペレーションでは、厨房機器メーカー製の業務用タイマー装置を各店舗に設置して運用していました。しかし、このタイマーは実際の麺の位置と画面上のタイマーの表示位置が一致しておらず、視認性に課題がありました。また、熟練した職人の技術に依存する部分も多く、スタッフの育成やオペレーションの標準化に時間がかかっていました。こうした機器は店舗ごとの設置環境の差異も大きく、保守や管理の負荷が高いだけでなく、新しい機能の迅速な追加やシステムのアップデートが困難でした。その結果、繁忙時間帯の最適な注文対応や業務効率化にも限界がありました。
これらの課題を解決するため、クラウドベースのソリューションとして AWS を採用しました。AWS のサーバーレスサービスを活用することで、現場ごとの機器管理やインフラ運用の負担を大幅に軽減しつつ、高い可用性や柔軟なスケーリングを実現できます。また、AWS の各種サービスを組み合わせてシステムを構築することで、機能の追加や変更を段階的かつ迅速に行えるようになりました。例えば、まずは基本的なタイマー機能からスタートし、後から調理順序の自動最適化やデータ分析など、現場のニーズに応じて柔軟に機能拡張していくことができます。
AWS アーキテクチャ概要

図2 : ゆで麺タイマーのアーキテクチャ
- 受付処理(AWS Fargate for Amazon ECS): AWS のサーバレスサービスである AWS Fargate を中核とし、コンテナ化されたアプリケーションが構築されています。券売機からの注文リクエストを受信し、Amazon ElastiCache Serverless へ保存します。
- データ保存と転送(Amazon ElastiCache Serverless for Redis): 注文データをインメモリで高速に保存し、Redis Stream を通じて最適化処理へとデータを転送します。Redis を採用した理由としては、厨房の業務のスピード感に対応できる高速なレスポンス性能が求められていたことと、麺を茹でるまでの約 10 分間だけデータを保持できれば要件を満たせることが挙げられます。また、クラスターモード の利用によって単一障害点が軽減されることも採用の理由の一つです。加えて、Redis が OSS(オープンソースソフトウェア)であり、豊富な技術情報やコミュニティサポートを利用できるため、開発・運用面での情報収集が容易に行える環境が整っていることもメリットと感じています。
Snowflake は、トランザクションログの格納とマスタ管理の 2 つの用途で利用しています。オーダー履歴、調理履歴、障害発生の有無といった券売機の状態を Snowflake に格納しています。調理履歴を分析・モデル化することで業務最適化を目指しています。また、全店舗の調理基準を本部で一元管理できるよう、Snowflake をマスタデータの管理にも利用しています。本部の担当者は、店舗やメニュー、麺の情報を Salesforce でメンテナンスしており、Salesforce 上のデータは Datacloud 経由で Snowflake に取り込まれています。さらに、このデータは定期的に Redis にも同期して運用しています。 - 最適化処理(AWS Fargate for Amazon ECS + Amazon Bedrock): 最適化処理用の Fargate コンテナが Amazon Bedrock の生成 AI モデルに問い合わせ、店舗の状況や注文内容に基づいた調理順序を決定します。
- タブレットアプリ(AWS Fargate for Amazon ECS): UI は React で構築され、Amazon CloudFront にデプロイされています。複数台のタブレットを利用することがあるので、注文情報・調理状態・最適化済み調理順序など、全ての状態をバックエンドで保持し、変更が検知されると、リアルタイムで対象店舗の全てのタブレットアプリに送信されます。
サーバーレスサービスを最大限活用することで、コストを抑えつつスモールスタートできる柔軟性を評価して開発をスタートしました。さらに、AWS Fargate や Amazon ElastiCache Serverless といったサーバレスサービスを多く採用することによってインフラ管理の負担を大幅に軽減しながら、高い可用性とスケーラビリティを実現しています。これにより、ビジネスロジックやユーザー体験の向上に集中して開発に取り組むことが可能になりました。また、Amazon Bedrock の活用により生成 AI を使った調理順序の最適化にも取り組んでいます。
ゆで麺タイマー導入による効果
ゆで麺タイマーの導入により、以下のような効果が得られました:
- 従業員の早期戦力化: 前述したように、従来システムでは視認性の問題や熟練職人への依存といった課題により、スタッフの育成やオペレーションの標準化に時間がかかっていました。しかし、ゆで麺タイマーの導入したことで、直感的な UI/UX により、新人スタッフでも短期間で「麺あげ」業務を習得できるようになりました。従来は約 500 日かかっていたスキルの習得期間が 350 日程度に短縮され、スタッフの早期戦力化に大きく貢献しています。

図3 : キッチン業務習得までの所要日数
- オペレーション効率の向上: 券売機からの注文情報が自動的にタイマーアプリに連携されることで、手作業による入力ミスが削減されました。調理の正確性が向上し、顧客がオーダーする好みの固さでの提供する精度向上にも寄与しています。
また、ゆで麺タイマーは店舗内のオペレーション体制の最適化において重要な役割を果たしています。山岡家の店舗あたりの来客数は年々増加傾向にあり、2025 年には 1 店舗あたり月間 15,000 人を突破しました。このような状況下でも店舗側のオペレーションがボトルネックとなり、顧客対応が滞る事態を未然に防ぐ役割を果たしています。ゆで麺タイマーの導入により、1 杯のラーメンあたりの提供時間が平均 30 秒削減され、来客数の増加に対しても顧客満足度を維持しながら安定したサービスを提供できています。
図4 : 店舗あたりの月間来客数
- 紙ベース運用からデジタル化によるコスト削減へ:現在、券売機から受けた注文内容は、厨房のキッチンプリンタに連携され自動で印刷される仕組みとなっています。しかし、これは厨房で調理する順序通りになっておらず、ホールで受けた麺の茹で加減のオーダーも含まれていないこともあって、積極的には活用されていませんでした。これからは直接注文情報がキッチンのゆで麺タイマーに連携され、調理順に沿って並び替えられて表示されます。キッチンプリンタの廃止によって、ロール紙コスト 600 万/年の削減が実現される見込みです。
成功のポイントと今後の展望

図5 : ゆで麺タイマー開発プロジェクトの時系列
ゆで麺タイマープロジェクトの成功には、いくつかの要因がありました。最も重要だったのは現場主導の開発アプローチです。プロトタイプとして試作したシステムを現場のスタッフに試験的に使用してもらい、「本州と北海道では、同じ麺でもゆで時間が異なる」「キッチンスタッフが利用する上で、操作しやすく遠くからの視認性が高い UI/UX が良い」といったフィードバックを反映させながら機能改善することで、現場のニーズに即したシステムを構築できました。開発期間中は、システムをリリースして現場の意見をもらい、そのフィードバックを反映させた改良版を約 2 週間ごとにリリースするというサイクルを何度も繰り返しました。このような定期的なフィードバックループを通して継続的に改善を重ねることで、使いやすさと実用性を両立することができました。
技術面では、AWS のサーバレスサービスの採用が大きな成功要因となりました。AWS Fargate や Amazon ElastiCache Serverless などを活用することで、インフラ管理の負担を軽減し、開発リソースをビジネス価値の創出に集中させることができました。
今後の展望として、調理順序最適化機能のさらなる改良も進めています。現在、Amazon Bedrock を活用した生成 AI による調理順序最適化を試験的に導入しており、従来のアルゴリズム開発と比較して実装のハードルが大幅に低減されました。この生成 AI アプローチにより、熟練スタッフの経験や知識をシステムに組み込むことができ、全店舗で均一かつ高品質なサービスを提供できるようになりました。将来的には「お子様ラーメンは早めに提供する」「ラーメンと餃子のセットなど、複数のメニューを一緒に提供する」といった指示を自然言語で行える柔軟な拡張も計画しています。
おわりに
山岡家のゆで麺タイマーは、AWS のサーバレスサービスを活用することで、従来の課題を解決し、従業員の早期戦力化と顧客満足度の向上を実現しました。外食産業におけるデジタルトランスフォーメーションは、単なる業務効率化だけでなく、従業員体験と顧客体験の両方を向上させる重要な取り組みです。今後も山岡家では、AWS の最新技術を活用しながら、さらなるデジタル化を推進し、従業員と顧客の双方にとって価値のあるサービスを提供していきます。
著者について
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田中 陽里株式会社丸千代山岡家 経営企画室 副室長 |
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大久保 裕太アマゾンウェブサービスジャパン合同会社 ソリューションアーキテクト |
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本田 光来アマゾンウェブサービスジャパン合同会社 ソリューションアーキテクト |