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生成 AI (Amazon Bedrock と Amazon Q Developer) を活用した製造業スマート製品開発の新しいかたち – Part2 製品開発ライフサイクルの加速
Part 1では、生成 AI がスマート製品にもたらす価値と、顧客体験を向上する事例について、AWS Summit Japan 2025 で展示する e-Bike デモのユースケースを元にご紹介しました。このブログ Part 2 ではソフトウェア開発ライフサイクル (SDLC) の複数フェーズに生成 AI を活用し得た洞察をお伝えします。
Part 1 で紹介したデモの開発に当たり、私たちは調査・設計・開発等に生成 AI をフル活用し、 Amazon Q Developer や Amazon Bedrock に 99% 以上のコードを生成させました。
スマート製品の開発における課題
スマート製品とサービスの開発においては、製品開発サイクルの短縮、顧客ニーズへの迅速な対応、そして継続的な製品改善が求められ、開発者やプロダクトマネージャーは多くの課題に直面しています。特に、ハードウェアとソフトウェアの融合によるスマート製品の開発では、複雑な技術統合と顧客体験の最適化が求められます。
スマート製品開発における SDLC 特有の課題
スマート製品の提供企業はソフトウェアの割合を増やし、その開発スピードや生産性を高めることが必要ですが、このためには、製品開発ライフサイクル全体を強化し、組織のアジリティを向上させる必要があります。スマート製品ではハードウェア製品とサービスを同時に取り扱うため開発プロセスが異なる両者を融合しながらアジリティを高めるのはより困難な課題です。
これらの課題に対応するためには、ハードウェアや属人性の高い開発プロセスから脱却し、開発者の生産性を最大化するソリューションが必要です。これまで、私たちは活用した組み込みソフトウェア開発の課題をクラウドで解決する方法について提案してきました( https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/embedded-software-on-aws/ )。
生成 AI の出現は、さらにソフトウェア開発に共通の開発タスクや、組み込み固有のコーディングスタイルの準拠といった要件にも対応し、スマート製品開発の課題をさらに広く解決することができます。
製品開発ライフサイクルにおける生成AI活用の新しいパラダイム
一般的に、ソフトウェア開発のライフサイクル (SDLC) は、以下のようなフローで行われます。
図: ソフトウェア開発ライフサイクルの例
- Research(調査): ビジネス価値調査、UI(User Interface) Mock 作成、機能要件調査
- Plan(計画): 要件定義、仕様書作成、手順書作成、サブタスク分解、設計図作成
- Development(開発): コーディング、テスト、修正、リファクタリング
- Release(リリース): デプロイ計画、IaC(Infrastructure as Code) 、継続的デプロイメント、マルチ環境対応
- Operation(運用): 監視、調査・分析、復旧対応、可観測性
ソフトウェア開発ライフサイクルを加速するための2つのポイント:タスクの効率化と、協調開発プロセス
SDLC に生成 AIを導入し開発プロセスを加速するためには、1) 個々のタスクの効率化と自動化 2) 計画的・段階的に開発を進めるための AI と協調した開発手法 の2つの側面から考える必要があります。
製品開発におけるタスクの効率化と自動化
SDLC 内のタスクには様々なものがあり、上流においては企画のための調査やプロトタイピング、アーキテクチャの検討や設計や文書化、コーディングやテストなど多岐にわたります。今回、生成 AI を効率化に活用した様々なタスクを、SDLC 各フェーズでの実践的活用事例セクションに記載しました。
生成 AI を活用した人間と AI の協調モデル
生成 AI を使った開発でも、事前に作成した完璧な仕様書から一気にコードが出力される、といったものではありません。
実際の開発では、仕様は徐々に固まり、作業は段階的に行われていきます。また、生成 AI の特徴として、大規模なプロジェクトでは、生成 AI が一度に読み込める情報(トークン)量の限界があります。現在人と AI エージェントが対話している内容は記憶されていますが、エージェントを再起動したり、複数のエージェントを活用する場合には履歴に頼ることはできません。
したがって、人間同士の開発と同じように、たとえば要件を基に設計方針、設計、仕様といった形にフェーズに合わせた粒度の文書を作成し、検討結果を記録し固定化します。その過程で、たとえば、変動してはならない API 層の定義や、データフォーマット等の仕様なども追加されていきます。こうした文書の内容を生成 AI に提案させ、それを人間がレビューや修正を行ってプロジェクトの成果物として保存していきます。
時間軸においても、すべての開発を一気に行うのではなく、全体をいくつかのマイルストーンに分けてそれぞれの目標を設定し、段階的に作業を進めることで、スケジュールや要件を守り、時には前の状態にプロジェクトを戻しながら開発していくことができます。生成 AI の能力はここでも発揮され、マイルストーンに向けたタスクの細分化や順序を提案してくれます。タスクレベルに分割された作業は、チケット管理システムと連携することによって、生成 AI 自身がその進捗を逐次報告することができます。
上記はいずれも人間同士の開発でも行われている方法であり、生成 AI でも同じような方法の実践により分担・分割して開発を進めることが必要になります。
人間と生成 AI による協調開発の実践:1. 生成 AI からの提案と、ドキュメントに基づく同意
デモアプリケーションの仕様策定では、Amazon Q Developer の支援を受けて 要件設計書・機能設計書の作成を効率化しました。特筆すべきは、曖昧な指示に対してもコンテキストを適切に理解し、e-Bike に特化した詳細な仕様を提案できる点です。
開発者は提案内容を確認しながら、
- 不明点について深掘りした質問を行う
- 不要な仕様の削除を依頼する
- 新しいアイデアについてブレインストーミングを行う
といった対話的なプロセスを通じて、仕様を確実に固めていくことができました。
人間と生成AIによる協調開発の実践:2. チケットベース開発への移行
デモ開発においては、開発規模の拡大に応じてチケット管理システム (Issue Tracking System) を導入し、生成 AI への指示と生成 AI からの報告をチケットで管理しました。これは現在の AI コーディングエージェントの課題に対する一つのソリューションです。
近年 AI コーディングエージェントは自然言語による対話によって高度なアプリケーション開発を実現しますが、規模が大きくなるにつれ、対応が困難になっていきます。これはあたかも優秀な一人の開発者がチームによる大規模開発で必ずしも成果を発揮できないことに似ています。タスクを分割してチケットによりアサインすることで、複数エージェントを混乱なく活用し更に生産性を上げることも可能になりました。
図: チケット管理システムを介した新しいワークフロー
人間と生成AIの役割
人間と生成 AI による協調開発を進めると、人間と生成 AI の適切な役割分担のモデルが生まれます。私達の経験から、この概念は複数の人間による開発の場合と大きな違いはないと考えられます。生成 AI が開発のタスクを担うことで、これまで開発者だった人間がリーダーとしてチーム開発を行う姿に移行していくと考えられます。
人間の役割:
- 創造的な目標設定とビジネス判断
- 優先度決定と戦略的方向性の管理
- 成果物の品質確認と最終承認
Amazon Q Developerの役割:
- 反復的なコーディングとテスト実行
- ドキュメント作成と分析作業
- 技術的な実装と問題解決
図: 人間と AI による協調開発の流れ
SDLC 各フェーズでの実践的活用事例
また、SDLC の各フェーズにおいて、下記のような様々なタスクを生成 AI によって効率化しました。
リサーチフェーズでの活用:
- 市場調査: 製品企画段階では、市場動向、競合分析、顧客ニーズの把握が不可欠ですが、従来は多くの時間とリソースを要するタスクです。今回、「Bedrock Tool-use Reporter」を活用し Web の情報収集から、「市場規模、成長予測、競合状況、調査」を行うことで、AI 分析機能が提案するビジネス改善内容が説得力をもてるようになりました。
図: デモにおける Bedrock T00l-use Report を用いた市場調査報告の活用
- 組み込みアプリケーションのプロトタイピング: HMI の GUI デザインにおいて、Amazon Q Developer を活用して HTML ベースでイメージを生成し、デモの具体的なビジョンを構築しました。詳細な指示によるイメージの微調整が可能で、最終的には組み込み機器上で動作する Qt (クロスプラットフォームのアプリケーション開発フレームワーク) ベースの実装へと変換することができました。
- 組み込みアプリケーションの仮想化アーキテクチャ検討:開発効率化のために、組み込みアプリケーションを実機と仮想環境の両方で動かすことが必要です。私たちはこれを実現するアーキテクチャを Amazon Q Developer に提案させました。
図: Amazon Q Developer が提案した組込ハードウェアとAWSの間で可搬性のあるアーキテクチャ
- Web アプリケーションプロトタイピング:サービスダッシュボードアプリの企画・プロトタイピングにおいても、Amazon Q Developer は、自然言語での要求を理解し、曖昧な要求から、UI が実際に動くダッシュボードを迅速に生成し、早期にイメージを共有して進めることができました。
計画フェーズでの活用:
- 仕様策定: モックやユーザーストーリーなどの断片的な情報をもとに、ソフトウェアとして必要な仕様を Amazon Q Developer はベストプラクティスをもとに策定しました。我々はそれをレビューし、さらなる追加要件を加えたり、設計の改善を指示することで仕様を確定していきました。 この過程においては前述のチケット管理システムによる協調作業が大きく役立ちました。
開発・リリースフェーズでの活用:
- テストコードの生成と不具合調査: Amazon Q Developer はテストコードを生成したりコードレビューを行う機能を持ちます。さらに画像を認識する機能をもつため、フロントエンドアプリケーションの不具合を画像のキャプチャから理解し原因を調査することができ、不具合の改修に役立ちました。
- デバッガーの使用: 組み込みアプリケーションの不具合解決にはデバッガの利用が不可欠ですが、GDB や LLDB といったデバッガへのインターフェイスを Amazon Q Developer CLI で実現できたことにより、従来、開発者が手動でコマンドを入力しながら進めていたデバッグ作業が大きく効率化され、専門的なスキルが不足している開発者でも、効率的なデバッグ作業を行えるようになりました。
- Webアプリケーション多言語対応: グローバル展開を見据えた多言語対応において、Amazon Q Developerの威力を実感し、メッセージやデータベースの使い分けなどの7ヶ国語対応をわずか2日で実装完了しました。
運用フェーズでの活用:
- AI 分析機能評価用データ生成の効率化: 開発したデモはサービス運用そのものの AI 活用可能性を示しています。AI を活用することで、多数の要因から改善策を立案する仕組みは ブログ Part 1 をご覧ください。
- クラウド連携するデバイスのトラブルシューティング: スマートプロダクト開発では、デバイスと AWS クラウドの連携時の問題解決が課題でした。Amazon CloudWatch は強力な監視ツールですが、複雑な操作が必要でした。これに対し Amazon Q Developer は自然言語での指示を解釈し、適切な CloudWatch クエリを自動生成を行います。デバイス開発者でも容易にクラウド側の問題分析が可能となり、トラブルシューティングの効率化と運用コストの削減を実現しました。
プロジェクトの成果
こうして開発したプロジェクトで、私たちは以下の成果を得ました。
- デモシステムのアーキテクチャ(クラウド部分 &デバイス)を設計
図: Amazon Q Developer の提案により開発したシステムのアーキテクチャ
(上: e-Bike サービスダッシュボード、下: e-Bike プロダクトデモ )
- デバイスソフトウェアを含むアプリケーションの企画開発の効率化
- 調査やプロトタイピングによる企画段階の加速
- クロスプラットフォーム対応の HMI アプリケーションを開発
- AI 分析機能を搭載したフリート管理の Web アプリケーションを開発
- ローカル PC 開発からリファクタリングを重ねながら段階的に AWS 上へデプロイ
- デバッグやトラブルシュートといった専門知識を要する業務を自然言語の指示により簡略化
- Amazon Q Developer で行った定量的な開発効果
- 50K Line 以上の Web アプリケーション(フリート管理アプリ)を 2 名で開発
- チケット管理システムで、400 件以上の Issue を Amazon Qとの協調作業で完了
- 1 週間ごとの開発リリースサイクルを実現
- ダッシュボードの多言語対応(7カ国語)を2日で実装
まとめ
このように、私たちは SDLC 全フェーズにおいて生成 AI を活用し、各タスクを効率化するとともに、生成 AI を活用した協調開発における知見を得ることができました。
体験機会のご案内
- スマート製品の開発に興味をお持ちの方は、AWS Summit Japan 2025(6月 25-26 日、幕張メッセ)の製造ブースにて、実際の e-Bike デモをご覧いただけます。
- 今後も、生成 AI を活用したスマート製品開発の可能性を探求し、製造業のデジタル変革を支援してまいります。AWS のサービスを活用したスマート製品ソリューションにご興味のある方は、ぜひお問い合わせください。
このブログは AWS Japan のソリューションアーキテクト 吉川 晃平、村松 謙、山本 直志が共同で執筆しました。ソリューションデモは執筆者たちと西田 光彦、中西 貴大が開発しました。