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三菱重工グループが挑戦する企業変革 ~生成AI戦略から価値創出までの実践記録〜
みなさん、こんにちは。ソリューションアーキテクトの松本です。この記事では、三菱重工業株式会社(以下、MHI)、三菱重工機械システム株式会社(以下、MHI-MS)が生成 AI を活用して大きな事業価値を創出していくために歩まれている旅路をご紹介します。その旅路は、Step1 : 生成 AI の全社活用を推進する戦略や AI Center of Excellence (AI-CoE) 体制の策定、Step2 : 事業価値ある生成 AI のユースケースの特定、Step3 : ユースケースのプロトタイピングと 3 つのステップを進んできています。AWS と共に歩んだ 3 つのステップを、エンタープライズにおける生成 AI 活用のアプローチとしてご紹介します。
三菱重工業株式会社について
創業 100 年を超える MHI は、日本のものづくりの代表的企業です。4 つの事業領域で 500 以上の製品(発電用タービン、CO2 回収、造船、航空、防衛、宇宙など)・技術を保有しています。そして信頼と実績のある製品や技術をデジタルを活用して変革すべく、ΣSynX というブランドで様々なソリューションの提供を開始しています。2024 年には DX グランプリを受賞しました。
MHI・デジタルイノベーション本部(以下、DI 本部)は MHI グループ全体の情報システム部門であり、DX 推進の中心として生成 AI の可能性を探索していました。
三菱重工機械システム株式会社について
三菱重工機械システム株式会社は、1968 年に設立された三菱重工グループで最多の事業、製品、技術を有し、設備インフラ事業本部、モビリティー事業本部、印刷紙工機械事業本部の 3 事業本部で構成されており、メカトロニクス技術を核に、社会生活を支える高品質で安全な設備や機械装置、サービスを提供しています。
また、少子高齢化による労働人口の不足やお客様の更なるニーズに応えるため、近年は DX 化を加速させ、より付加価値の高い製品の開発やサービスの創出にスピード感を持って取り組んでいます。
Step 1 : 戦略と体制を策定する
DI 本部はグループ事業会社に生成 AI のチャットアプリケーションを既に提供していました。それにより生成 AI の利用者が増え、利用者は便益を実感し、利用者から活用を拡大していきたいという声が高まっていました。DI 本部は全グループ事業会社に生成 AI の便益を展開していきたいと考えていましたが、様々な課題を解決していく必要がありました。課題とは、事業価値あるユースケースを特定していくこと、ナレッジやシステムを共有して投資効率を向上していくこと、安全な利用のためのガバナンスを整備していくこと、人材や能力を強化していくこと、推進体制を確立していくことなどが挙げられます。各課題は相互に関係し合うため、個別に解決するのでなく、複合的に解決していく必要がありました。そこで、AWS Professional Services を利用し、生成 AI の全社活用を推進する戦略や体制(AI-CoE(AI Center of Excellence))の策定に着手しました。AWS の生成 AI の導入フレームワークである CAF-AI (AWS Cloud Adoption Framework for Artificial Intelligence, Machine Learning, and Generative AI) を活用しながら、2 〜 3 ヶ月に渡って議論を積み重ね、戦略・行動計画・体制を明確にしました。
策定した戦略で特徴的なことは、オペレーティングモデル を、各グループ事業会社が個別に主導する分散型でなく、DI 本部とグループ事業会社が連携する連携型に移行していくことを考慮しながら、DI 本部が主導する中央集権型から開始することです。具体的には、グループ事業会社の生成 AI のユースケース特定やシステム開発を、DI 本部が先導するというものです。
Step 2 に向けて : DI 本部とグループ事業会社が連携する
戦略を実行するために、DI 本部とグループ事業会社の連携を開始し、最初に連携したのが MHI-MS となります。DI 本部と MHI-MS は数年前から DX を協同しており、挑戦する土壌が整っていました。
MHI-MS で DX を推進されている技術戦略室の松岡室長は、DI 本部と連携して生成 AI の活用を加速されたことについて、次のようにコメントしています。 「人材不足が深刻化する中で生成 AI の活用は業務の効率化やイノベーション創出において極めて重要な役割を果たす手段であり、競争力を強化する上でもいち早く導入するべきと考えています。」
Step 2 : 生成 AI のユースケースを特定する
MHI-MS にとって事業価値のある生成 AI のユースケースを、Professional Services による数日間の「生成 AI デザインワークショップ」を通じて特定しました。このワークショップは Amazon 流のイノベーション創出メカニズム「Working Backwards」をもとに、生成 AI が適したユースケースを創出・発掘するためのワークショップです。MHI-MS の経営者層が参加する前半と、事業の現場を理解している事業部門と生成 AI 等のデジタル技術を理解しているデジタル部門のいずれも実務者層が参加する後半の 2 つから構成されます。
前半では、MHI-MS の経営者層が AWS のファシリテーションのもと議論を重ね、1) 事業目標を改めて特定し、2) 目標を達成するために解決すべき課題や目標達成の判断に用いる指標を特定し、3) 解決するためのアイデアの仮説を立て、4) 組織的に生成 AI 活用という挑戦に取り組んでいくために大切にしていく価値観や姿勢についての指針となる文書を作成します。事業目標から議論を開始することで、生成 AI という手段で何ができるかではなく、事業価値創出のために生成 AI という手段をどう活用するか、という観点が一貫します。その観点に基づいた解決策と、挑戦に向けた姿勢に関する文章が作成され、後半の実務者層に引き継がれます。
この前半には MHI-MS の全 CxO と全事業本部長が参加され、事業目標がしっかりと反映された 3 つのユースケースが特定されました。
後半では、実務者層が前半の結果を引き継いだ上で、Amazon のイノベーション創出メカニズムである「Working Backwards」に基づいて議論を重ねます。1) ペルソナを具体化し、2) ユーザージャーニーにおける課題を特定し、3) 具体的な解決案を創出し、4) Amazon のイノベーション創出のための文章である「PRFAQ」の作成や、ペーパープロトタイピングを通じて、解決案をより具体化し、5) MVP(顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト)を計画します。
このワークショップにも全ての事業本部が参加しました。また、事業本部毎にチームを組成するのではなく、課題毎に事業本部混成でチームを組成し、多様な視点で解決案の具体化が図られました。
このワークショップの特徴の一つである PR/FAQ (プレスリリースとよくある質問) の執筆について簡単に触れておきましょう。お客様を起点に逆算の発想でアイデアを整理するこの手法では、実際に開発に取り掛かるまでに、最も重要な「対象となるお客様は誰か」「彼らは何を必要としているのか」にフォーカスすることができます。
初めて触れるこの手法に戸惑いを覚える方もいますが、今回ワークショップに参加したメンバーには「まずやってみよう」という前向きなマインドがありました。新しいことを前に腰が引けてしまうのではなく、「まずやってみよう」が先にくる人であることが成功条件の一つなのかもしれません。
そして Day 1 から約 2 ヶ月後に開催した報告会では、実務者層から経営層に対して生成 AI をどのように導入し、どれほどの事業価値を創出していくか、次段階のプロトタイピングに移行していくユースケースを報告しました。報告会の講評には Day 1 に参加した経営者層が出席し、その全員が Day1 からの深化に好意的な評価を述べていました。参加者がワークショップを通じて練りに練った 3 つのユースケースとそのソリューションは、生産性向上 (費用削減) を実現するだけでなく、売上向上を実現していくストーリーが盛り込まれ、効果の規模や確実性等の観点から、3 つのユースケースのうち、まずは 2 つについて次段階のプロトタイピングに移行することが決定しました。
実務者層の MHI-MS・角倉主席は、具体化したユースケースについて、次のようにコメントしています。「異なる製品を取扱うメンバーで一つのユースケースについて検討を進めてみると、想像していた以上に共通の課題があることが分かりました。共通の課題に対して、様々な角度から解決のアイデアが生まれ、短い時間で複数の課題を解決するソリューションが提案できました。」
経営者層の MHI-MS・高畠 CTO/CDO は、所属組織が混成のチームにも関わらず活発なコラボレーションがなされたことについて、次のようにコメントしています。「当社は、それぞれのメンバーが、違った製品に関わっています。そのため育った環境も違うため、いろいろな発想ができるという強みがあります。こうしたメンバーが連携を深めていくことで、企業価値を向上させようという狙いがありますが、今回の活動は、まさにそうした狙いに合ったものになりました。」
Step 3 : ユースケースをプロトタイピングする
Step 2 で特定された生成 AI ユースケースのフィジビリティを検証するため、Professional Services による 2 ヶ月間の「生成 AI プロトタイピング支援」を活用してプロトタイピングを進めました。
このプロトタイピングでは「EBA (Experience Based Acceleration)」という方法を採用しました。EBA とは、参加者がみずから手を動かしてプロトタイピングを行い、AWS メンバーがその伴走をすることで、プロトタイプというアウトプットを生むだけでなく、アウトプットを継続的に生んでいける能力を育むものです。
EBA ではユースケース毎に開発チームを組成します。各チームは MHI-MS の事業部門のメンバーが Product Owner を務め、DI 本部のデジタル部門のメンバーが開発者を務めました。PO を務めた事業部門のメンバーはこれまで PO だけでなく、システム開発経験がない方が大半であり、新たなロールに挑戦されました。開発者を務めたデジタル部門メンバーは日常的に AWS を用いて開発業務をおこなっているエキスパート開発者と、経験の浅いチャレンジャー開発者から構成されました。エキスパート開発者は、MVP と言えども多くの機能や高い性能が望まれていたので、それらを 3 日間で実現することに、チャレンジャー開発者は実装スキルを早期に取得し、貢献できる範囲と量を拡大することに挑戦していきました。
前半の 1 ヶ月半は、チームビルディング、生成 AI 開発やアジャイル開発に必要なスキルの取得、バックログの定義、環境やデータの準備を進めます。生成 AI のプロトタイピングで特に重要となるのが、データの準備です。必要となる事業部門のデータを特定してシステムからデータを抽出し、必要に応じてデータの前処理を行いました。開発者は、高い性能の実現や、その評価のため、例えば Advanced RAG や LLM-as-a-Judge に関連したナレッジやスキルを取得していきました。また開発者だけでなく PO も、プロンプトエンジアリングのスキルを取得していきました。
そして本番の 3 日間は全員が一同に会し、コーポレートカラーである赤色のパーカーに身を包んで共同作業に取り組み、プロトタイプ完成を目指しました。参加メンバーがデザインしたこのパーカーにはファースト・ペンギンのイラストが描かれ、失敗を怖れずに勇気を持って挑戦しようという全員の意思が反映されていました。
実装では、エキスパート開発者だけでなくチャレンジャー開発者も大きく貢献しました。加えて、開発者だけでなく事業部門の PO もプロンプトエンジニアリングを駆使して機能の追加や性能の向上に貢献しました。完成したプロトタイプの水準の高さに関する参加者からのコメントは後述します。
そして、最終日である 3 日目には 2 チームとも計画していた以上の機能が実装されたプロトタイプが完成し、フィジビリティが検証でき、次段階のプロダクションに移行することが決定されました。
チャレンジャー開発者の DI 本部・平尾社員は、実装スキルの取得について、次のようにコメントしています。「AWS Professional Services の伴走支援のもと、EBA という実践形式で未知の技術領域に挑み、自ら手を動かしながら短期間で大きくスキルを高めることができました。また、この経験を通じて、技術への向き合い方や考え方にも大きな変化が生まれたと感じています。」
エグゼクティブスポンサーの MHI-MS・小嶋 CEO は、次のようにコメントしています。「AI を用いた実務への展開はこれからの省力化・省スキル化には欠かせない要素になると考えています。またこの AI 技術も事業環境の変化もこれまで以上に加速していくのでスピード感を持って改善していく必要があると考えています。そういう意味でも関係者が集まり短期間でプロトタイプモデルを作成する手法は大変整合性があると思っています。」
今後の展望
半年に満たない期間にも関わらず、生成 AI ジャーニーの歩みを Step 1から 3 へと進められました。Step 4 としてプロダクションへの移行も歩み始めました。今回参加したファースト・ペンギンからのバトンをつなぐべく、第 2、第 3 の事業部門への展開も計画されています。
エグゼクティブスポンサーの DI 本部・日浦部長は、次のようにコメントしています。「生成 AI という新たな技術に接して、これをどのように経営に生かしていけばよいのか、悩みを抱える部門は多くあります。各部門の経営を預かるリーダ層、現場を知悉する実務層、デジタル技術に日頃接する開発者が集中的にワークする本手法は、DX 推進の強力な武器として期待を集めています。既に第 2 弾に着手していますが、この手法を我々自身でも推進していけるように取り込み、根付かせていきたいと考えています。」
エンタープライズ企業が、DX グランプリ 2024 受賞企業である MHI の生成 AI の旅路から学べることは多岐に渡ります。生成 AI のインパクトを全社の事業の最前線に展開していく段階で戦略を明確にすること、デジタル部門と事業部門が連携して取り組む体制を構築すること、事業価値からユースケースを特定すること、俊敏にプロトタイピングをして合目的性を検証すること、取り組みのなかで個のスキルやチームのコラボレーションを開発すること、そして何よりファースト・ペンギンとして実験に挑戦すること、などが挙げられます。
生成 AI の真価は、技術そのものではなく、事業価値に変換できるかどうかにあります。生成 AI を活用した事業価値の創出について、AWS の担当者に是非ご相談ください。今回の記事のように、貴社ならではの価値創出の旅路をサポートいたします。