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臨床開発セッションのハイライト – 第7回 AWS ライフサイエンス シンポジウム


臨床試験の変革期
臨床試験を取り巻く環境は、今まさに大きな転換点を迎えています。新薬開発には平均6~7年、費用にして最大26億ドルもの膨大なリソースが必要とされます。特に深刻な課題が被験者の募集で、全体の時間とコストの3分の1を占めているにもかかわらず、8割の試験で目標被験者数を確保できず、85%で参加者の継続的な確保に苦心しています。さらに、試験の複雑化とグローバル化が進む中、従来の手作業中心のプロセスでは、もはや効率的な運営が困難になっています。
このような課題に対し、AIは画期的な解決策を提供します。組織内のデータとリアルワールドエビデンスを効果的に活用することで、臨床試験のあり方そのものを革新できます。試験デザインの最適化や被験者募集の予測から、最適な被験者とのマッチング、さらには自動データ収集や異常検知によるリアルタイムモニタリングまで、データを基盤とした迅速かつ柔軟な試験運営が可能となります。
今こそ、行動を起こすべき時です。FDAをはじめとする規制当局が、臨床開発におけるAI活用のガイドラインを明確化し始めています。この時期に先駆的な取り組みを行う企業には、業界標準の確立と次世代イノベーションをリードする貴重な機会が開かれています。迅速に行動を起こすことで、開発スピードの向上、コストの効率化、データ品質の改善、より幅広い患者層の包含という面で、大きな優位性を確保することができます。
この期待感と変革への意欲は、臨床開発ブレイクアウトトラックでも強く感じられました。先進的な組織各社が、AIを活用した臨床研究の革新的な取り組みを次々と発表。その主な事例をご紹介します。
アストラゼネカの挑戦:AIによる臨床試験の効率化
アストラゼネカは、画期的なツール「Development Assistant」を発表しました。AWS上で稼働するこの生成AI搭載システムは、臨床データの利用効率を大幅に向上させ、意思決定プロセスを迅速化します。同社の患者安全性担当上級ディレクター、Vaishali Goyal氏は、このツールを使用することで、臨床開発チームが自然言語で構造化・非構造化データを自由に検索でき、エビデンスに基づく知見をリアルタイムで得られる仕組みを解説しました。
アストラゼネカは、Amazon Bedrockを基盤としたプラットフォームを開発し、検索拡張生成(RAG)技術とtext-to-SQL機能を組み込みました。この革新的な組み合わせにより、同社の持つ膨大なデータ資産から、必要な情報を瞬時に抽出することが可能になりました。システムが提供する情報には必ず出典が明記され、追跡可能性が確保されています。これにより、被験者募集や治験実施施設の選定といった業界の重要課題に対して、透明性と信頼性を保ちながら、作業の自動化による効率化を実現しています。
Development Assistantの成功を支えているのは、アストラゼネカが築き上げた堅固なデータ基盤です。同社は、電子研究ノート(ELN)やラボ情報管理システム(LIMS)、臨床システムなど、様々なデータソースを厳選して整備し、FAIR原則(検索可能、アクセス可能、相互運用可能、再利用可能)に準拠したデータプロダクトへと転換しました。これらのデータは、拡張性の高いマルチモーダルAIアプリケーションの重要な資源となっています。
2024年半ばに試験的に導入されたDevelopment Assistantは、わずか6ヶ月で厳格なサイバーセキュリティ基準とAIガバナンス要件をクリアし、実用最小限の製品(MVP)として本番環境での運用を開始しました。複数のAIエージェントを組み合わせた設計により、増加し続けるユーザーのニーズやデータの複雑化にも柔軟に対応できる拡張性を備えています。
アストラゼネカは2025年までに、ユーザー数を1,000人以上に拡大し、より豊富なデータソースとの連携を強化するとともに、部門を越えたシームレスな協働を実現する計画を進めています。Development Assistantは、同社における次世代のAI主導型臨床開発の礎となっています。
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Facultyが提唱するAIエージェント導入の実践的アプローチ
アストラゼネカの発表に続いて、Facultyのチーフテクノロジーオフィサー、Andy Brookes氏が登壇し、組織がAIエージェントを効果的に導入・活用するための実践的なフレームワークを提示しました。Brookes氏は、AIエージェントの成功を支える3つの重要な要素として、「役割の明確な定義」「ビジネスコンテキストの理解」「パフォーマンス管理」を挙げました。
特に強調されたのが、AIエージェントの役割定義です。同氏は、OUDA(観察・理解・決定・行動)モデルを用いてタスクを決定ループとして構造化することを提案しました。この方法により、AIエージェントは単なる汎用アシスタントではなく、特定のビジネスニーズに応える目的特化型のツールとして機能します。複雑性とリスクを抑えながら、確実な成果を上げることが可能になります。
また、AIエージェントを組織の業務環境に効果的に統合する重要性も指摘されました。Faculty社が「プライベートワールドモデル」と呼ぶこのアプローチは、組織固有の方針やプロセス、制約事項をデジタルシミュレーションとして再現します。これにより、AIエージェントは組織の実態に即した判断が可能になり、本格展開前の安全なテストや、誤作動リスクの低減が実現します。
さらに、パフォーマンス評価においては、処理速度や精度だけでなく、信頼性や判断過程の透明性など、定量・定性両面からの総合的な評価の重要性を説きました。
Brookes氏は、AIエージェントの発展段階を以下の4つのレベルで整理しました:
- スカウト:情報収集と発見
- アナリスト:状況分析と提案
- オペレーター:人間の監督下での業務実行
- オートパイロット:定められた範囲内での自律的な業務遂行
同氏は、組織がこれらのレベルを段階的に導入することで、即座に価値を生み出しながら、より大規模なシステム変革へと着実に歩を進めることができると提言しました。
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ノバルティス:適応型AI戦略による臨床試験の加速
ノバルティスのデジタルイノベーション、戦略、プログラム&ポートフォリオオペレーション部門ディレクターであるNoah Hoh氏は、同社が医薬品開発の期間短縮を目指し、R&Dパイプライン全体でAIとデータサイエンスを戦略的に活用している取り組みについて説明しました。
ノバルティスは開発期間を短縮するために3つの重要なイニシアチブを展開しています:
- Fast-to-IND:治療領域全体で治験薬申請までの期間を12ヶ月短縮
- Enhanced Operations:効率性の改善と革新的な試験デザインにより1-2年の時間短縮を実現
- AI-Enabled R&D:R&Dライフサイクル全体で予測モデリングとAIシミュレーションを活用し、サイクルタイムを6ヶ月以上短縮
これらのイニシアチブを統合的に推進することで、医薬品開発の総期間を最大19ヶ月短縮することが可能となります。
この変革の中核となっているのは、ノバルティスの適応型AI戦略です。画一的なアプローチを避け、各開発段階に最適な機能を適合させる的確なAI戦略を採用しています。臨床試験における主要な活用領域には、プロトコル設計、実施施設の選定、臨床業務の最適化、文書作成の自動化、意思決定支援システムなどが含まれます。
AWS上に構築されたIntelligent Decision System(IDS)は、このアプローチを具現化したものです。IDSはデジタルツインを活用して臨床試験のワークフローをシミュレートし、実施前に様々な戦略のテストや結果予測を可能にします。これによりリスクを最小限に抑えながら、運用効率を大幅に向上させています。
ノバルティスは段階的な実装アプローチを採用し、R&D全体でのAI統合に向けて着実に歩を進めながら、即座に効果を実感できる施策を展開しています。この実践的で段階的なアプローチにより、現場のスタッフが日々の業務でAIの恩恵を実感しながら、将来的なAI活用の基盤を築いています。その戦略は明確です:即座に測定可能な成果を生み出しながら、長期的な変革に向けた取り組みを着実に進めていくことです。
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メルク:スケーラブルな最新の臨床データプラットフォームの構築
生成AIを活用する競争が加速する中で変わらない真実があります。それは、AIの効果はそれを支えるデータの質に大きく依存するということです。現在の臨床試験は、分断されたシステムとサイロ化されたデータという課題に直面しており、これらが複雑なアーキテクチャを生み出し、イノベーションと規制遵守の障壁となっています。
メルクは、VeevaのDevelopment Data Platformを搭載したAWSベースの最新の臨床データプラットフォームを通じて、この課題に取り組んでいます。メルクのエグゼクティブディレクターであるGopi Gopinath氏と、Clinical and RWE ITのAVPであるMarjorie Waters氏は、この変革が統一されたメタデータ駆動型アーキテクチャを通じて臨床業務を効率化する方法を共有しました。このプラットフォームは、分断された臨床、運用、規制、安全性データを単一の信頼できるソースに統合し、データの整合性を維持しながらより迅速な試験の実施を可能にします。
このプラットフォームは、内部システムと外部パートナー間のデータを1つの統一されたリポジトリに統合し、Study Data Tabulation Model(SDTM)標準化、自動化された第三者データ取り込み、データマスキングとロールベースのアクセスを含む強化されたセキュリティ機能、中央化されたメタデータ管理、セルフサービス分析ツールといった主要な機能を提供します。統合された分析と可視化ツールにより、このプラットフォームは試験計画、患者登録、サイトパフォーマンス、リスクベースのモニタリングに関する重要な洞察を提供し、運用の負荷を軽減し、予防的な意思決定を可能にします。
新しいアーキテクチャはまた、プロトコルとレポートの作成のための生成AI活用、試験成功のための予測モデリングの実装、プロトコル最適化のためのシミュレーションツールの開発、合成対照群の作成など、高度なAIアプリケーションの基盤を確立します。
クラウドネイティブでプラットフォームベースのアプローチを採用することで、メルクは試験インフラを近代化するだけでなく、臨床開発における生成AIの可能性を完全に実現するために必要なデジタル基盤を構築しています。
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より迅速なデータ駆動型臨床試験の洞察のためのリアルワールドデータとエビデンスの活用
リアルワールドデータ(RWD)は現代のヘルスケアにおける意思決定を推進しています:2019-2021年のFDA承認の85%が実世界エビデンス(RWE)に依存していました。しかし、この貴重なデータは医療提供者、保険会社、医療レジストリ間に散在したままです。研究者たちは分析を開始する前にデータの収集と整理に数ヶ月を費やすことがよくあります。現在のデータサイロ、プライバシー要件、複雑なデータベースクエリは、この貴重な情報源に対するAIツールの潜在的な活用を制限しています。
AWSのWorldWide Real World DataリードであるPraveen Haridas氏と、DatavantのプレジデントおよびGMであるArnaub Chatterjee氏は、この課題に対する解決策を提示しました。AWS Clean Rooms上に構築された新しいプラットフォーム、Datavant Connectは、保護された健康情報(PHI)を公開することなく、研究者がリンクされた患者データを分析することを可能にします。このプラットフォームは、従来4ヶ月かかっていた発見プロセスを2週間に短縮し、同時にデータ所有者のコントロールを維持します。これには医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(HIPAA)準拠とガバナンス機能が組み込まれています。つまり、スピードのためにプライバシーが犠牲にされることはありません。
製薬業界のリーダーたちは、すでにこれらの機能を活用しています。ベーリンガーインゲルハイムのRWEセンター・オブ・エクセレンスのエグゼクティブディレクター兼グローバルヘッドであるPaul Petraro氏は、ベータブロッカーの有効性評価を例に挙げ、治療効果と経済的アウトカムをより良く理解するために、組織がこのプラットフォームを使用してRWE戦略をスケールアップする方法を共有しました。
さらにAWSは、データから得られる知見をより活用しやすくするため、新たなインテリジェントエージェントを導入しました。これにより、研究者はプログラミングの専門知識がなくても、自然な言葉で複雑なデータセットを検索・分析できるようになり、実世界データ(RWD)の利用がより身近なものとなりました。このエージェントは、医学文献、臨床データ、規制文書との連携機能を備えており、ユーザーの役割に応じた適切なアクセス権限の管理や、操作履歴の追跡も可能です。さらに、厳格なコンプライアンスとデータセキュリティも確保されているため、安心して利用することができます。
リリーのRWD担当シニアディレクター、Greg Cunningham氏は、AWS上に構築されたReal World Data(RWD)Insights Agentを紹介しました。このシステムは、データ分析にかかる時間を劇的に短縮し、従来は日単位で行われていた洞察の抽出を分単位で可能にしています。この「仮想アナリスト」の特筆すべき点は、技術的な専門知識を持たないユーザーでも、SQLのような専門的なクエリ言語を使わずに、自然言語で複雑なデータセットを探索できることです。
Amazon Bedrockを基盤に構築されたこのシステムは、複数のAIエージェントを駆使してメタデータの発見やコホートの定義を管理し、同時に厳格な監査証跡とコンプライアンスの維持を実現しています。さらに、人間の監督を適切に組み込んだ責任あるフレームワークの中で、新たなデータソースの迅速な統合や組織のニーズに応じた柔軟な拡張が可能となっています。
このプレゼンテーションは、AWSが業界のリーダー企業とのコラボレーションを通じて、医療データ分析の変革に真摯に取り組んでいることを如実に示しました。より迅速なエビデンスの生成と、それに基づく患者アウトカムの改善を目指す同社の姿勢が明確に伝わってきました。
参加者たちは、AWSがDatavantのようなパートナー企業と協力し、多様なデータ提供者のネットワークからRWDを容易に発見、評価、購読できるプラットフォームを構築している様子を目の当たりにしました。さらに、購読したRWDから有意義な洞察を導き出すための、ユーザー中心の革新的なツールについても紹介されました。特に注目を集めたのは、技術的な専門知識を持たないユーザーでも、自然言語のクエリを使って複雑な医療データを分析できる、クラウドネイティブなエージェント型AIアプリケーションでした。
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未来を見据えた今日の取り組み
生命科学分野における生成AI投資の約70%が臨床試験に向けられている現在、スピード、精度、拡張性への要求はかつてないほど高まっています。
臨床試験の分野で次々と新たなAI活用事例が登場する中、一つだけ変わらないものがあります。それは、スケーラブルで安全なデータ基盤の必要性です。この基盤があってこそ、組織は将来のどのような技術革新にも柔軟に適応し、進化し、さらなる発展を遂げることができるのです。
私たちは、この革新的な取り組みに参加してくださったすべてのパートナー、顧客、そして参加者の皆様に心からの感謝を申し上げます。これまでの成果を誇りに思うと同時に、さらなる飛躍が期待される未来に大きな期待を寄せています。
AWSの担当者に連絡するか、ライフサイエンス分野におけるイノベーションの新時代を切り開くためにAWSパートナーネットワークをぜひご活用ください。私たちと共に、医療の未来を築いていきましょう。
参考資料:
- 第7回AWS Life Sciences Symposium:基調講演のハイライト | 基調講演のダイジェスト動画を視聴する
- ライフサイエンスのイノベーションをAWSのAIエージェントで加速
- 創薬研究セッションのハイライト – 第7回 AWS ライフサイエンス シンポジウム
- 製造セッションのハイライト – 第7回 AWS ライフサイエンス シンポジウム
- コマーシャルセッションのハイライト – 第7回 AWS ライフサイエンス シンポジウム