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ロケットミッション解析の迅速化をAWS上で検証 : 解析の20倍高速化によるDXに向けた技術実証を実施

本ブログは、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) へのインタービューを元に、 Amazon Web Services Japan (AWS) が執筆しました。

JAXAは政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関として、宇宙航空分野の研究開発に取り組んでおり、その中でも本ブログで登場します宇宙輸送技術部門は、地球と宇宙を結ぶ輸送手段である「ロケット」を扱う部署になります。基幹ロケット開発や、コスト低減・高い信頼性・柔軟なサービスの実現を目的として研究開発に取り組まれています。今回はロケットのデジタル化活動の一環としてJAXAで行ったDX (デジタルトランスフォーメーション) を目指した技術実証の取り組みについて紹介します。

課題と背景

衛星の用途に応じて打ち上げる軌道など異なるため、ロケットのミッションは打ち上げごとに異なります。そのためロケットミッションごとにシミュレーションを行う必要があります。これまでロケットミッション解析にはオンプレミスでサーバを用意して利用されることが多く、JAXAの宇宙輸送技術部門でも同じようにオンプレミスにサーバを解析用に用意して利用していました。

ロケットミッション解析では、解析時間分の待ち時間が長いことも課題でした。今回対象とする計算はモンテカルロ法の計算が中心となります。1ケースあたりは数分程度と短い処理ではありますが、通常は1パターンにつき数十万ケースの計算が必要です。さらに複数のパターンを扱うことが多く、数パターンとなると100万ケースを超える計算を行わなくてはなりませんでした

解析を実施したい時期が集中すると、限られた計算リソースでは迅速に解析を進めていくことは難しく、必要な解析ケースの検討に時間をかけ、最低限の解析を実施することが通例でした。また、複数のミッションを同時期に解析する必要がある場合などは限られた計算リソースでは長い解析時間分の待ち時間が生じることもあり、一方で最大必要計算リソースに合わせてオンプレミスのサーバを準備するとコストが過大となる問題もありました。

このように解析時間を短縮する必要に迫られている中で、クラウドを活用できないかを考えることになりました。セキュリティを確保し必要なだけ計算リソースを確保しつつ、コスト低減を図る必要がありました。リソースを都度購入していたのでは、そのセットアップや維持など含め時間やコストがかかってしまいます。そのためこれまでオンプレミス環境で行っていた計算を AWS を使って実施してみることにしました。また要件によっては日本国内の計算リソースで実施したい場合も出てくると考えられたため、今回はAWS上の日本国内のリソースを使って実証することになりました。

検討した事項と実際のシステム概要

これまでと別の環境でシミュレーションや解析を行う場合には、これまでと同一の結果となるかの検証が必要となります。またどの程度リソースを確保していくかということも検討する必要があります。

既存環境はx86系のCPUを利用していましたので、AWS上でも同様にx86系のCPUが搭載されたAmazon EC2 インスタンスで試すことになりました。現在のオンプレミスの環境にまずはそろえる形でスタートし、CPUコア数やメモリを増やしていく形でのテストを行いました。また複数台を連携した計算についてもテストを実施しました。メモリよりもCPUコア数が必要であるワークロードであり、コスト最適化の観点からも今回の実証ではC7i系のインスタンスを中心に利用することとしました。実際にシステムをAWS上で実行し、これまでのJAXAの保持していた解析内容とクラウド上での解析結果を比較し、完全一致することが確認できました。同じx86系であるため予想通りではありましたが、これでAWS上のインスタンスを安心して使うことができることになります。

AWSであればインスタンスを一度停止すればCPU、メモリのサイズを変更して同じ起動ディスク環境で起動できるため、その時に必要な性能で利用することができるので、オンプレミスで購入していた時に比べて柔軟性が増しますし、必要な性能に合わせて拡張も縮小もできる点が利点となります。またAWS上では必要に応じて複数インスタンスを利用して並列で処理することもできるため、解析時間の短縮になりますし、利用した分だけとなるため、2倍のリソースを使って計算しても時間が半分になれば、ほぼコストは変わらない試算が可能となります。最終的には100万近いケースをシミュレーションして解析する必要がありますが、それぞれ並列で実行できるため複数環境を並列で利用して時間短縮を行うことができます。

実際に実証で利用した構成が下記となります。実際に計算で利用するインスタンス群は、プライベートサブネットに置き隔離された状態で実行されます。セキュリティ確保の面からもAWSのマネージドサービスであるAWS Systems Manager の Session Manager の機能を使いインスタンスへログイン等をしています。複数台利用する場合には、ヘッドノードからデータを計算ノードへ転送し処理を実行します。ヘッドノード自体も計算ノードの一部として機能します。今回はクラウドの利用検証ということもあり、特に実行する環境やプログラムはオンプレミスで利用していたものと同様にセットアップしているため、AWSのインスタンスを最大限活用するような設定等の最適化はしていません。


 図1 検証システム構成図 ((主なサービスを記載)

導入効果と今後の展開

今回の実証では45万ケースの解析処理を単位として比較を実施しました。既存で保有しているオンプレミスでの計算環境とAWS上に構築した環境でほぼ同等のCPU、メモリの場合で比較した場合、40%実行時間を削減することができました。これは既存オンプレミスでは様々な処理に使うため、多くのライブラリや所内インフラに接続するためのセキュリティ設定などががされていますが、AWS上では閉じた構成で必要なライブラリだけを入れたシンプルな構成にできたこと、AWS上では新しい世代のCPUを使えるなどの結果と考えられます。

オンプレミス環境よりも潤沢にリソースを使えることから、併せて複数台利用した並列処理も実施しました。その結果、3台のEC2を利用して計算に物理コア数384を利用した場合では、オンプレミスの20倍以上処理を早く完了でき、10時間を切ることができました。コストに関しても必要な時にだけ立ち上げることで必要経費を抑えていくことができる目処が立ちました。パターン数が増えた場合などは、仮想ディスクに相当するEBS (Amazon Elastic Block Store) を複製して同一環境を立ち上げることができるため、数十分で新たな環境を作成できることも実際に確認しました。

一方で、物理コア数384を利用した場合に頭打ちになっている状況が見られました。前述のようにオンプレミスと同様の設定であるため、複数インスタンス利用時のデータ送信などの多重化等の最適化が実施できていないなどの点が原因として上げられます。また、これまで実施していなかった環境であるため、CPU、メモリの比率などについても十分に精査できていないため、最適な環境を見つけられていない可能性もまだあるかと考えられます。インスタンスの選定も今回はコスト重視で検証を実施したためC系のインスタンスとしましたが、最大サイズのインスタンスの利用が混み合う場合には、別のタイプ、例えばMやR系などのインスタンスや、サイズを落として台数を増やすなどの戦略が考えられると思いますが、それらについてコスト、性能、時間の観点で検証を進め、最適化していけると良いと考えられます。またArm系のインスタンスもコスト効率化の意味で選択肢にも入ると考えられますので、これまでと同一結果になるかなどの検証もできれば考えています。

解析によっては、海外リージョンも利用してリソースの確保やコスト最適化もできる場合もあるかと考えられますので、実際の利用にあたっては要件やコストに応じて選択していけると良いと考えられます。

まとめ

オンプレミスで実行していたロケットミッション解析をクラウドで実施するための検証をAWS上で実施し、AWS上の環境においてもオンプレミス上で実施していたのと同一の解析結果となることを確認できました。また、AWS上の環境を利用することでこれまで10日近くかかっていた解析を半日で実施できるなど、解析処理の迅速化だけでなくコスト最適化等の可能性も見いだすことができました。今回はクラウドを利用した場合の効果についての最初の検証ができたと考えられます。さらなる高速化や安定的な運用ができる可能性が残されているため、それらについて今後検証等実施していければ良いと考えられます。

これまで解析には時間がかかるというのが常識でしたが、解析処理を高速化してこれまで10日近くかかっていた処理が1/20以下となる半日以下で実現できました。これをさらに高速化していき、数時間、あるいはもっと短縮して数十分で見られる世界が実現できていけば、仕事の仕方も大きく変えるDXができ、本来注力したい事項に集中できることが期待されます。

この記事を書いた人

photo of Sakurada Takeshi
櫻田 武嗣
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 パブリックセクター
シニアソリューション アーキテクト
“業務や研究内容に適したシステム構成のディスカッション等を通して技術面から皆様にご支援をしております”