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回復力のあるサプライチェーンの構築: Amazon Bedrock を活用した小売・消費財向けマルチエージェント AI アーキテクチャー
午前2時。携帯電話に緊急のアラートが届きます: 主要港湾の閉鎖、47件の入荷便への影響、そして72時間後に迫ったプロモーション開始。急いでノートパソコンを開き、在庫ダッシュボード、物流プラットフォーム、サプライヤーポータルといった十数個の異なるシステムを確認します。これらは今起きている状況の一部しか伝えておらず、必要な答えは得られません。市場シェアを競合他社に奪われる前に、どのように出荷を再ルーティングし、在庫を再配分し、プロモーションでコミットした出荷量を維持できるのでしょうか?
主要港湾の閉鎖などの混乱がサプライチェーンに影響を与える場合、一分一秒が重要です。小売・消費財企業にとって、労働力不足、気象現象、予期しない港湾閉鎖によるサプライチェーンの混乱は、数百万ドルの収益損失とステークホルダーとの関係の悪化をもたらす可能性があります。これらの混乱を管理し対応を策定することは、現代的なデータ駆動型で相互接続されたサプライチェーンを持つ組織であっても手動プロセスのままです。そのため従来のシステムは、データの処理、複数のステークホルダー間の調整、重要な時間内での実行可能な推奨事項の策定といった対応に苦慮することになります。
サプライチェーンレジリエンスの課題
現代の小売・消費財企業のサプライチェーンは、グローバルサプライヤー、配送センター、輸送ネットワーク、小売拠点にまたがる複雑なネットワークです。混乱が発生すると、意思決定者はいくつかの重要な課題に直面します。
- データの断片化: 在庫システム、物流プラットフォーム、サプライヤーデータベース、外部データソースに重要な情報の散在
- 時間的制約: 出荷の再ルーティングや在庫の再配分において時間が重要に
- 複雑性: 並行して最適化が必要な複数の相互依存する変数の存在
- ステークホルダーの調整: サプライヤー、物流プロバイダー、社内チーム間で同期した対応の必要性
従来のアプローチは手動分析と順次処理の意思決定プロセスに依存しており、現代のサプライチェーンの混乱の速度と複雑さに単純についていけません。
マルチエージェント AI: サプライチェーンインテリジェンスの新しいパラダイム
マルチエージェント AI アーキテクチャは、複雑なビジネス問題へのアプローチ方法における根本的な変化を表しています。問題のすべての側面を処理しようとする単一の AI システムの代わりに、専門化された AI エージェントが協調して作業し、それぞれが専門分野に焦点を当てながら、スーパーバイザーエージェントがその結果を統制します。
現在一般提供されている Amazon Bedrock AgentCore のマルチエージェント協調機能と最新の基盤モデルを組み合わせることで、専門エージェントが連携してサプライチェーンの混乱にリアルタイムで対処する本番対応システムを構築できます。
アーキテクチャ概要: 協調して動作する専門エージェント
私たちのデモンストレーションのアーキテクチャは、Amazon Bedrock が提供する基盤モデル、Amazon Bedrock AgentCore が提供するAIエージェント運用機能、マルチエージェント協調機能を活用して、回復力のあるサプライチェーン対応システムを構成します。アーキテクチャは以下で構成されます。
スーパーバイザーエージェント: サプライチェーンコーディネーター
- 受信した混乱アラートを分析
- 専門エージェントにタスクを委任
- 推奨事項を実行可能な提案に統合
- 全体の対応ワークフローにわたってコンテキストを維持
専門協力エージェント:
物流最適化エージェント
- 代替輸送ルートの評価
- 運送業者の利用可能性と輸送能力の評価
- 利用可能な輸送と詳細の調査
- 物流調整の推奨事項の検証
- 実行レポートの物流コンポーネントの生成
在庫エージェント
- 混乱イベントおよび他のエージェントからの入力の検証
- 提案された様々なソリューションの影響分析の実行
- 在庫不足と提案された輸送の結果の計算
プロモーションリスクエージェント
- 混乱の影響を受ける製品および提案されたソリューションに含まれる製品への影響の分析
- 混乱または提案された代替案に影響を与える可能性のある関連プロモーションデータの取得
- 他のエージェントへのプロモーションの詳細の提供
出荷追跡エージェント
- 提案された調整に影響を与える上流の出荷遅延に関する詳細の提供
- 実現可能性レビューを通じて出荷先オプションの検証
AWSサービスを使用した技術的実装
このアーキテクチャは、エンタープライズ規模の AI アプリケーション向けに設計されている AWS サービスの基盤に構築されています。
Amazon Bedrock AgentCore は、ランタイム、メモリ、アイデンティティ、可観測性、API 統合機能を含む、AI エージェントを安全かつ大規模に展開・運用するためのインフラストラクチャを提供します。Amazon Bedrock AgentCore Runtime に展開されたマルチエージェントアーキテクチャにより、各専門エージェントは以下のことが可能になります。
- マルチステップワークフローを自律的に実行
- ナレッジベースを通じてエンタープライズデータソースに安全に接続
- リアルタイムデータアクセスのためにAPIとアクショングループの呼び出し
- 会話のコンテキストとメモリの維持
マルチエージェントコラボレーションにより、スーパーバイザーエージェントは以下のことが可能になります。
- 複雑な混乱シナリオを管理可能なタスクに分解
- 適切な専門エージェントに委任
- エージェント間の情報フローの調整
- 出力を包括的な推奨事項に統合
主要技術機能
- インラインエージェント: 柔軟な対応シナリオのための実行時のエージェントの役割の動的な調整
- ペイロード参照: 転送オーバーヘッドを削減し応答時間を改善する効率的なデータ処理。これにより、混乱イベントによりエージェントがトリガーされます。サプライチェーン担当者は混乱を解決するために対応を開始する時点で、ビジネス目標に合致したデータ駆動型の検証可能な解決計画を手にすることができます。
- 強化されたトレーサビリティ: 各エージェントの思考、カスタマイズされたツール相互作用の結果、ビジネス整合性のために生成 AI のハルシネーションに左右されない決定論的最適化戦略を含む、本番運用のための包括的な監視とデバッグ機能。
デモウォークスルー: 港湾閉鎖シナリオ
入荷便に影響する主要西海岸港湾の閉鎖を例にとって、システムが実世界の混乱にどのように対応するかを見てみましょう。
ステップ 1: 混乱の検出
システムは港湾閉鎖に関するアラートを受信します。それには影響を受ける出荷、推定期間、影響を受ける SKU の情報が含まれています。
図1: 配送分析 港湾閉鎖: 台風がシンガポールに影響を与えると予想されます。
図 1 に示されるように、システムは小売ユースケースと港湾閉鎖を混乱として特定しました。このシナリオでは、台風がシンガポールに影響を与えることが予想されます。画面は分析プロセスの開始を促す混乱イベントのシミュレーションを示しています。
ステップ 2: スーパーバイザーエージェント分析
サプライチェーンオーケストレーターは混乱の範囲を分析し、対応計画を作成し、専門エージェントにタスクを委任します。
図2は、マルチエージェントアプリケーションによって特定された具体的な混乱への対応の戦略を表示しています。2つの推奨事項が示されており、1つは港湾閉鎖によって遅延する出荷をカバーするために利用可能な在庫の完全な移転です。2つ目の推奨事項は、今後のプロモーションキャンペーンをカバーするための追加の移転の提案です。図は、提案された戦略を承認または拒否するオプションも示しており、人間のドメイン・エキスパートがプロセスに依然として関与していることを示しています。
ステップ 3: マルチエージェント最適化戦略
在庫インテリジェンス・エージェントは、在庫切れを最小限に抑えるために活用できる代替在庫を持つ関連配送センターを特定します。
在庫エージェントは、SKU 毎およびパレット毎の詳細、ならびに注文のタイムリーな影響と将来予測される在庫影響を取得・提供します。
プロモーションリスク・エージェントは、最適化戦略に影響を与える可能性のある関連プロモーションデータを決定するために、利用可能な製品を今後のプロモーションに関連付けます。
出荷追跡エージェントは、実世界の出荷データに対して最適化を検証するために、アクティブおよび提案された出荷を調査します。
図 3 は、小売シナリオにおける相互作用戦略とともに、各専門エージェントとそれぞれのタスクを示しています。サプライチェーンコーディネーター・エージェント、ロジスティクス・エージェント、在庫エージェント、プロモーションリスク・エージェント、および出荷追跡エージェントが、マルチエージェント連携に含まれています。
ステップ 4: 統合推奨事項
スーパーバイザーエージェントは、このシナリオの調査結果を次の3つのデータ駆動型提案に統合します。
即座の再配分: 需要の少ない地域から既存在庫を再配分
代替ルーティング: 3日遅延でメキシコ湾岸港を通じて出荷を再ルーティング
サプライヤー加速: 5日のリードタイムで重要SKUのバックアップサプライヤーを活用
各提案には、コストへの影響、タイムライン見積もり、リスク評価が含まれ、すべて初期の混乱アラートから数分以内に生成されます。
特定されたシナリオである港湾閉鎖に対する承認された戦略に基づく影響のサマリーが示されています。マルチエージェント・アプリケーションは、受け入れられた提案が輸送コストで-$4,275、確保できる総収益で$28,500の結果をもたらすと判断しました。また、注文番号、注文あたりの単位、アイテム ID、配送センター、到着日を含む両方の承認された移転注文も表示されています。
ビジネスインパクトと測定可能な成果
サプライチェーンの回復力のためにマルチエージェントAIアーキテクチャを実装する組織は、次の重要な利益を得ています。
速度: 複雑な混乱シナリオに対する応答時間を時間から分に短縮
精度: データ駆動型推奨事項が推測を排除し、コストのかかるエラーを削減
拡張性: 追加人員なしで複数の同時混乱を処理
透明性: コンプライアンスと学習のための意思決定プロセスの完全な監査証跡
マルチエージェントアプローチは継続的改善も可能にします。それぞれの混乱対応は、個別の長期記憶戦略として Amazon Bedrock Agent Core Memory に保持され、エージェントのパフォーマンスを改善し機能を拡張します。監査人とコンプライアンスは、エージェントプロセスをレビューし、意思決定方法を記録し、Amazon Bedrock AgentCore Policy を通じて既存のポリシーに従ってすべての決定が行われたことを確認するためにメモリをレビューすることができます。
Amazon Bedrock AgentCore は、組み込まれたセキュリティ、拡張性、可観測性を備えた、プロトタイプから本番環境への移行に必要な本番グレードのインフラストラクチャを提供します。
結論: サプライチェーンレジリエンスの未来
サプライチェーンの混乱は避けられないものですが、その影響は避けられないものである必要はありません。Amazon Bedrock AgentCore を基盤とするマルチエージェントAIアーキテクチャは、小売・消費財企業が複雑性と不確実性に対応する方法における根本的な進歩を表しています。
専門化された AI エージェントが複雑な問題に協力して取り組むことを可能にすることにより、組織はサプライチェーンの混乱を危機から、明確でデータ駆動型の対応のみちすじを持つ管理可能なイベントへと変化させることができます。
このテクノロジーは今日、本番環境で利用可能です。技術リーダーにとっての問題は、サプライチェーンの回復力のためにマルチエージェント AI を採用するかどうかではなく、次の混乱からビジネスを守るためにどれだけ迅速に実装できるかということです。
マルチエージェント AI をサプライチェーンに活用する準備はできていますか?NRF 2026: Retail’s Big Showのブース4438にある AWS Industries Retail & Consumer Goods スペースを訪れて、実際のデモをご覧ください。また、本番環境対応のマルチエージェントシステムの構築について詳しく知るには、Amazon Bedrock AgentCore のドキュメントをご確認いただくか、お客様固有のサプライチェーンの課題について話し合うために AWS アカウントチームにお問い合わせください。
著者について
David Bounds David は AWS のエンタープライズソリューションアーキテクトで顧客が AWS 上で彼らのワークロードを加速することを支援しています。機械学習と生成 AI に焦点を当て、あらゆる種類、視点、経験レベルの顧客に技術支援を提供しています。David はロンドンに住み、天気を愛し、ボクサー犬の散歩、そして物語の収集を楽しんでいます。
Angel Goni Oramas Angel はアトランタを拠点とするプリンシパルソリューションアーキテクトで、金融サービス、小売、消費財業界にわたって15年以上の IT 経験を持っています。
本稿の翻訳は、ソリューションアーキテクトの斉藤大徳が担当しました。原文はこちら。


