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AWS Summit Japan 2025 ヘルスケア展示ブース 開催報告

国内最大規模の学習型ITカンファレンスである AWS Summit Japan が、6 月 25 日(水)、26 日(木)の二日間に渡り幕張メッセで開催されました。今年はさらにブース展示が拡充され、ヘルスケア・ライフサイエンス(HCLS)ブースでは、ライフサイエンスから3つ、ヘルスケアから2つの展示を行い、お陰様で大勢のお客様にご来場いただきました。展示内容としては、生成AIに加えてAIエージェントがより複雑で多岐にわたる業務を効率化し、さらに実験装置や医療機器などとも連携するデモを紹介しました。開催報告のブログはヘルスケアとライフサイエンスに分かれており、このブログはヘルスケアに関する報告です。ライフサイエンスに関してはこちらをご覧ください。

医療現場の DX (スライド)

医療現場の DX ブースでは、パブリックセクターのお客様と実際に検証を進めているソリューションを紹介しました。

生成 AI による読影レポートのサマリー

医師が読影を行う際、その患者の過去の読影レポートの記録から今回確認すべきポイントを整理するのに時間がかかっており、生成 AI によるサマリーが行えるか検証しています。患者の読影レポート一週間分を入力とし、生成 AI にて読影レポートのサマリーを生成します。患者の情報、過去の実施事項、これまでの所見時確認ポイント、診断履歴、今回の所見時確認ポイントを過去データに基づいてレコメンドするよう、生成 AI に対して、プロンプトにて指示を与えています。デモ環境には Dify を使っており、容易に検証が行える環境となっています。

音声入力による SOAP 文章 ( 医療や介護現場で患者の情報を記録するフォーマット ) 生成

医師は患者を診察した後、電子カルテに診療録を記載するのに多くの時間がかかっており、診察時の音声から生成 AI を使って診療録のドラフトが作成できないかを検証しています。音声から Amazon Transcribe による文字起こしを実施し、SOAP (Subject、Object、Assessment、Plan) 文章を生成するデモアプリケーションを開発しました。医師と患者のマイクを別々に設定することができ、医師と患者の会話をリアルタイムに分離、文字起こしすることができます。医師、患者の分離を最初から行うことができるため、会話の途中でも、SOAP 文章やフォローアップ文章を生成することができます。また、完成した SOAP 文章から、候補となる ICD10 コード ( WHOが定義した国際疾病分類コード ) をリストアップすることができます。こちらは、予め Amazon Aurora に登録された ICD10 データに対してベクトル検索を実施しています。更に AWS HealthLake と統合し、患者、診察記録、観察結果等のリソースを HL7 FHIR 形式 ( 医療情報の交換を効率的に行うための国際標準規格 ) にて保存することができます。

AI エージェントによる看護業務支援

看護師は日々の患者の状態を確認し、最適な入院ベッドの選定に多くの時間を費やしています。本業務を改善するために、患者の状態を入力すると、褥瘡ガイドラインを用いて症状に応じた最適なマットレスの種類を検索、またそのマットレスの病院内空き状況を確認した上で、推奨マットレスを回答するエージェントを開発しました。Amazon Bedrock Knowledge Base を使い、褥瘡ガイドラインに対してベクトル検索を実施、デモ用にベッド空き状況を Amazon DynamoDB に保存し、検索用の AWS LambdaAmazon Bedrock Agent で呼び出しています。ユーザインターフェースには、Generative AI Use Cases (GenU) を利用しました。

生成 AI によるデータ分析

健診センターでは健診事業拡大へ向け様々なデータ分析を行っていますが、データ集計や可視化に多くの時間を費やしています。分析の効率を向上させるために、健診センターの実績ダッシュボードを Amazon QuickSight にて作成、そこから Amazon Q in QuickSight の 3 つの機能( データストーリー、データ Q&A 、シナリオ ) を使い、健診事業拡大へ向けた様々な戦略検討を行っています。まずは、データーストーリーを使い、全体的な傾向を把握、そこから地域に着目し、データ Q&A を使って特定地域のオプション健診平均単価から、テコ入れすべき健保を割り出します。最後にシナリオを使い、テコ入れすべき施策の詳細分析を実施していきます。

生成 AI による医療求人マッチング

医療現場では求人と職員のミスマッチが大きな課題となっています。本課題への対策案の 1 つとして、医療系求人情報をベクトル化して保存、応募者のプロフィール情報を基に精密なマッチングを行い、推薦求人をリストアップしてくれるデモアプリケーションを開発しました。非構造データを含む求人データは、10 個のエンティティを LLM により抽出、ベクトル化して保存しています。そして、応募者プロファイルから 10 個のエンティティを LLM により抽出、カテゴリごとの重み付け ( 例えば、職種、資格の優先度を上げる ) を実施した後、求人データとの類似度を計算し、スコアの高い順に推薦求人を表示します。アプリケーション開発には、Amazon Q Developer を使っています。

医療機関や、ヘルスケア関連企業のお客様にデモを見て頂き、医療現場の業務に対して、生成 AI の活用が有効であることを感じてもらうことができました。

生成 AI による医療データ利活用 (スライド

生成 AI による医療データ利活用ブースでは、医療関係のお客様が医療情報や医用画像で抱える課題に対する、生成 AI デモを紹介しました。

医療業界では、データの標準化と活用において重要な課題を抱えています。デジタルで蓄積された医療データは、施設やベンダごとに形式が異なり、医療データ交換の標準である HL7 FHIR への変換には多大な労力を要します。また、画像診断装置の高度化に伴う画像検査の頻度や撮影枚数による医師の読影負担の軽減など、増え続ける診療情報の有効活用や効率的なデータ活用のための技術革新と運用改善が求められており、以下のような課題があります.

医療データの構造化/標準化

医療現場ではデジタルの普及により大量のデータが蓄積されていますが、データの多くが独自形式でシステム内に保存されており、施設内と施設間での相互運用性に課題があります。特に診療記録の自由記述やベンダシステムのデータ形式の違いが、 FHIR 等の国際標準規格への変換を困難にしています。効率的な医療サービスの提供や臨床研究の推進のため、データの構造化・標準化の実現が急務と言えます。

専門性の高い画像診断技術

医用画像診断技術の発展により、より詳細な病変の検出が可能となっていますが、画像の解釈には高度な専門知識と経験が必要です。 CT や MRI の画像データは、検査あたりの画像枚数が膨大であり、放射線科医の読影レポート作成業務にかかる負担が増大しています。 AI 技術の導入により診断支援システムの開発が進んでいるものの、手技や部位により解釈の精度にばらつきがあり、より幅広いモデル開発が進められています。

医療データを活用するツール

医療データの活用ニーズが高まっている一方で、医師や研究者が容易にデータを分析・活用できるツールを開発するプログラマが不足しています。特に臨床研究や診療支援において、データの可視化や統計解析を実現するプラットフォームの整備が求められており、医療特有の複雑なデータ構造や用語体系に対応し、かつセキュリティを担保した分析環境の構築が課題です。

デモの構成は以下のような流れとなります。「血液検査装置」と「画像検査装置」で出力した検査結果を患者管理システムからクラウドの Amazon S3 に独自フォーマットのままデータをアップロードし、 Amazon Bedrock (LLMはClaude 3.7 Sonnet)でFHIRに変換をし、 FHIR Repository である AWS HealthLake に格納しています。 Amazon SageMaker AI にデプロイされた胸部X線画像の機械学習モデルで画像分類を行い、分類結果を数値で出力します。その項目毎の数値を胸部X線画像と共に再度、 Amazon Bedrock に元データとして渡し、読影レポートドラフトを作成し FHIR に変換し、 AWS HealthLake に格納します。患者情報、血液検査情報、画像検査情報、読影レポートドラフトはAWS HealthLakeに一元管理されます。 Amazon Q Developer などの AI コーディングエージェントを活用して自然言語で開発された、ブラウザベースのアプリケーションであるマトリックスビューワでは、それらFHIRによる医療データを検索、表示することができます。また、チャットによる対話で「XXさんの過去の検査履歴を表示してください」等の質問には血液検査と画像検査双方のデータに基づく回答が得られます。

<Fig.1 デモの構成図>

<Fig.2 アーキテクチャー図>

①独自フォーマットのデータからFHIRへの変換では、従来のルールベースのマッピングによる実装ではなく、生成 AI /LLMを用いてFHIRマッピングをしています。プロンプトエンジニアリングで、日本におけるFHIR拡張であるJP Coreを参考に、FHIRのリソースを選択しています。血液検査情報を構成する「Patient」、「Observation」と「ServiceRequest」にマッピングを行い、画像検査情報を構成する「Patient」、「ServiceRequest」、「ImagingStudy」と「Media」にマッピングを行っています。レポートドラフトの所見と診断も「DiagnosticReport」にマッピングします。

<Fig.3 患者・検査情報・画像の FHIR マッピング自動化>

②読影レポートドラフト作成では、胸部単純X線画像を直接LLMに入力しても、学習していない画像に対して、十分な精度による画像診断を行うことはできません。そこで、胸部単純X線画像の事前学習済みモデルを提供するオープンソースライブラリのTorchXrayVisionを用いて、肺炎の検出や胸部疾患の分類を行っています。その分類結果を元にLLMがレポートドラフトを作成しています。

<Fig.4 生成 AI を活用した読影レポートドラフト作成>

③自然言語によるアプリケーション開発では、 Amazon Q Developer とオープンソースのAIコーディングエージェントである Cline を用いています。これらを利用することで、対話的にコードの生成と補完に加え、AWSサービスの環境構築まで行うことができます。このアプリケーションでは FHIR Repository へのリアルタイムのアクセスに対応した「医療データ AI Agent Assintant」も実装されているため、新たな検査情報や処方情報などが FHIR として登録されても、柔軟に医療データを取得したり、複数の医療データから考察を得たりすることができます。

<Fig.5 自然言語によるアプリケーション構築>

<Fig.6 医療データ AI Agent Assistant>

ここまで3つのユースケースと解決方法を紹介してきました。会場では、「データ標準化」、「AI画像診断」、「アプリ開発」にお困りの様々な立場のお客様から強い関心をもっていただきました。ソリューションや生成AIによるそれぞれの課題解決の詳細について関心を持たれたら、 弊社営業担当もしくは AWS 問い合わせ窓口へお問い合わせください。

著者について

Yasushi Matsubara

松浦 靖 (Yasushi Matsuura) パブリックセクター技術本部 ソリューションアーキテクト
公共分野の医療機関やヘルスケア企業のお客様へ、クラウド活用のための技術的支援を実施しています。また、BI を活用したデータ分析に興味があり、Amazon QuickSight を活用した様々なデータ分析、解析手法に関しても支援を実施しています

Hiroyuki Kubota

窪田 寛之 (Hiroyuki Kubota) エンタープライズ技術本部 ソーシャルソリューション&サービスグループ ハイテク&ヘルスケア・ライフサイエンス部 ソリューションアーキテクト
HL7 や DICOM の標準化活動の経験から、医療情報・医用画像を扱うお客様のクラウド利用に関する技術支援をしています。最近は新しい医療データ標準の HL7 FHIR を格納する AWS HealthLake や医用画像を格納する AWS HealthImaging などを提案しています。

Tetsuto Matsunaga

松永 徹人 (Tetsuto Matsunaga) ヘルスケア・ライフサイエンス ビジネスユニット シニアソリューションアーキテクト
国内外のヘルスケア・ライフサイエンスのお客様のクラウド利用を支援しています。SIerやコンサルティングファーム、製薬企業にてライフサイエンス業界へのITサービス提供の豊富な経験があります。