Amazon Web Services ブログ

ライフサイエンスのイノベーションをAWSのAIエージェントで加速

このブログは、“Accelerating Life Sciences Innovation with Agentic AI on AWS”の翻訳です。

急速に進化するライフサイエンス分野において、お客様はAIエージェントを活用して、複雑なワークフローの効率化、コラボレーションの強化、研究成果の加速を図っています。基盤モデル、全社規模のインフラストラクチャ、そして開発者ツールなどの進歩により、インテリジェントエージェントの構築がこれまで以上にアクセスしやすく、スケーラブルで、インパクトのあるものになっています。 ライフサイエンス業界における生成AIを活用してビジネス価値を創出してきた実績を持つ Amazon Web Services (AWS) は、現在 Genentech などの主要顧客と協力して、創薬研究、臨床開発、コマーシャルにわたるユースケースにエージェントを展開しています。

私たちが学んだこと

お客様のライフサイエンス向けエージェントの構築と展開を支援してきた経験から、以下のような課題が見えてきました:

  1. ライフサイエンスの固有なユースケースに合わせたマルチエージェントワークフローの構築とテストは、技術チームにとって時間のかかる作業です。
  2. 技術の急速な進化により、エージェント型ソリューションをどのように設計すれば最大のビジネスインパクトが得られるかについて、技術チームと業務リーダーの間に知識のギャップが存在します。機能横断的なチームには、ユーザーのニーズに応える高品質のソリューションを共同開発し、迅速に改善できる能力が必要です。
  3. AIエージェントは、厳格なデータガバナンスと運用セキュリティ基準を遵守する必要があります。ITチームは、データのプライバシーと監査可能性を確保し、エージェントの行動を承認された範囲内に制限する必要があります。また、企業のアイデンティティ・アクセス管理(IAM)ポリシーや既存のビジネスワークフローの制約との統合も必要です。

これらの課題に対応し、ヘルスケア・ライフサイエンス業界全体でエージェント開発の民主化を促進するため、AWSは開発者コミュニティの利益となるオープンソースツールキットを開発しました。

スターターエージェントによる開発の効率化

このツールキットは Amazon Bedrock 上に構築され、ヘルスケア・ライフサイエンスのユースケース向けに設計されたスターターエージェントのカタログと、マルチエージェントワークフローを実行できるスーパーバイザーエージェントを提供しています。また、お客様のVPC内でマルチエージェントワークフローを安全に組み立て、テスト、デモンストレーションできる開発者向けUIコンポーネントも含まれており、エージェント型ソリューションの設計においてIT部門と業務部門のリーダーの間のビジョンギャップを埋めるのに役立ちます。

現在、ツールキットは以下のような一般的なライフサイエンスのユースケース向けのスターターエージェントを提供しています:

  • 創薬研究エージェント – ターゲット同定、バイオマーカー探索、文献検索、実験デザイン
  • 臨床開発エージェント – 臨床試験分析、プロトコル最適化、患者層別化のサポート
  • コマーシャルエージェント – 競合情報と市場インサイトの生成

また、このツールキットは業界のリーダーと協力して設計されたエージェントも提供しています。例えば、世界最大の出版社の一つで研究分野のリーダーであるWileyは、Cancer Medicineなどのクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開された論文の全文を検索できる新しいエージェントをリリースしました。これにより、関連情報を見つけるために数十の論文を手作業で探して読む必要があった現在の数時間から数日かかるプロセスを、数分で信頼性の高い引用付きのインサイトを得られるようになります。

これらの事前構築されたエージェントは基盤として機能し、開発者や専門家が一からエージェントを構築する必要がないため、貴重な時間を節約できます。個々のエージェントは、Amazon Bedrockのマルチエージェントコラボレーションを使用して、スーパーバイザーに動的に接続できます。これにより、開発者は新しいエージェントワークフローを構築するためにエージェント間を連携できます。

これらのエージェントは、複雑なタスクを管理可能なステップに分解し、透明性のある推論プロセスと実行パスを提供することで、研究リーダーなどのステークホルダーとの信頼関係を構築するのに役立ちます。

カスタマイズと拡張性

エージェントの最も魅力的な特長は、社内外の様々なリソースにアクセスし、それらを組み合わせることで、幅広い観点から物事を理解できる点です。企業によってデータの統合方法や業務の進め方が異なることを考慮し、基本となるエージェントは、カスタマイズや連携が簡単にできるように設計されています。お客様は、これらのエージェントを自社の業務の流れに合わせて調整し、必要に応じて随時更新することができます。データの形式が表形式、非構造化、グラフ形式のいずれであっても、エージェントはAmazon SageMakerやAPI、AWS上で動作する個別の基盤モデルなど、様々なAWSサービスとスムーズに連携できます。

Amazon Bedrockを基盤として開発されたこれらのエージェントは、AIアプリケーション開発におけるベストプラクティスを取り入れており、今後発生する課題や機会に柔軟に対応できる将来性のある基盤を提供します。これらすべてを、AIの責任ある開発という観点を保ちながら実現することができます。

高度な技術的機能

技術的な観点から、ツールキットは以下のような高度な機能を提供します:

  • マルチエージェントオーケストレーション: 複数のエージェントを調整し、カスタムスーパーバイザーを構築し、複雑なタスクを効率的に処理するために実行時にエージェントを選択・組み合わせることができます。
  • 評価とオブザーバビリティ: カスタマイズされた指標でエージェントのパフォーマンスを監視し、正確性を評価し、継続的な改善を促進します。
  • シームレスなデプロイメント: ワンクリックテンプレートまたはJupyterノートブックを使用して、数分以内にAWSアカウントにソリューションを直接デプロイできます。
  • モデルコンテキストプロトコル(MCP)サポート: AWS Lambda MCPサーバーで構築されたツールを使用して、外部システムとの相互作用を標準化します。

これらの機能により、お客様はライフサイエンスの研究と業務における幅広い課題に対応できる高度なAIアプリケーションを開発できます。

AWSのヘルスケア・ライフサイエンスエージェントの始め方

開発者は以下の手順ですぐに始めることができます:

エージェントカタログのデモンストレーション

アプリケーションがVPCにデプロイされたら、以下の手順でエージェント構築を開始できます:

  1. カタログの閲覧: ユーザーは創薬研究、臨床開発、コマーシャル用途向けの個別エージェントを含むカタログを探索できます。また、協働型ワークフローで複数のエージェントを連携させる事前構築されたスーパーバイザーエージェントも用意されています。
  2. マルチエージェントコラボレーションの設定: ユーザーは、必要なエージェントを自由に組み合わせて選択し、スーパーバイザーの指示に従って実行時に柔軟な連携ができるように設定できます。
  3. タスク実行のためのスーパーバイザーエージェントの呼び出し: 事前構築あるいはユーザーが独自に行った設定のどちらを使う場合でも、スーパーバイザーはAmazon Bedrockの複数エージェント連携機能を使って、タスクの振り分けと管理を行うことができます。
  4. 評価: 評価ツールにより、目標達成などのタスク固有の指標や、出力の主観的評価のための大規模言語モデル (LLM) -as-a-judge ベースの判定に基づいて、エージェントの動作を評価できます。

以下のような手順で、ツールキットのエージェントを簡単に使い始めることができます。

主要な機能を示すサンプルエージェントのハイレベルアーキテクチャ図1 – ハイレベルアーキテクチャ

ユースケース:ライフサイエンスのバリューチェーン全体でのエージェント活用

このツールキットは、ライフサイエンスのバリューチェーンの主要分野でのイノベーションを加速するために、特別に設計された多様なスターターエージェントとスーパーバイザーエージェントを提供します。以下に、各領域をサポートする実際のユースケースと利用可能なエージェントの種類を紹介します。

1. 創薬研究:ターゲット同定とバイオマーカー探索の加速
研究者は、生物医学文献(例:PubMed)や科学データベース(例:Reactome)から独自の研究データまで、各種のデータソース全体で仮説を検証し、バイオマーカーを分析し、インサイトを統合する際に、複雑な手作業のプロセスに直面することがよくあります。

これらの課題に対応するため、私たちはがんバイオマーカー探索の取り組みを発展させ、バイオマーカー探索スーパーバイザーエージェントによって統括される探索の仕組みを構築しました。この仕組みは複雑な分析作業を細分化し、4つの主要な機能分野に渡る専門エージェントのチームを連携させます。

マルチモーダルデータ統合: 包括的な生物医学的視点を提供するために、様々な患者データのモダリティを処理・相関分析します。

  • バイオマーカーデータベース分析エージェント: 構造化された臨床データとRNA-seqデータを分析
  • バリアントアノテーションエージェント: ゲノム変異のアノテーションを解釈
  • 医用画像エージェント: 非同期ワークフローを使用してCTスキャンを処理
  • 病理エージェント: 病理解釈のための全スライド画像(WSI)を分析
  • 放射線レポートエージェント: ACRガイドラインに基づいて胸部X線所見を検証

データ拡張: データエンティティを外部の生物学的知識ベースにリンクします。

  • 生物学的パスウェイエージェント: Reactomeグラフを通じて分子間相互作用とシグナル伝達プロセスを探索
  • オミクスシグネチャエージェント: OMIM、ENSEMBL、UniProtなどのデータベースを使用したデータ拡張

エビデンス研究: 科学文献からインサイトを取得・要約します。

  • 臨床エビデンス研究エージェント: PubMedと内部ナレッジベースを検索
  • Wileyオンラインライブラリエージェント: Wiley APIを通じて全文検索を実行

統計分析: 研究インサイトのための分析・可視化サポートを提供します。

  • 統計エージェント: pythonのlifelinesライブラリを使用して生存回帰を実行し、Kaplan-Meierプロットと記述的プロットを作成

研究者は、スーパーバイザーエージェントを使用してこれらの機能を完全な分析パイプラインにオーケストレーションすることもできます。

2. 臨床開発:プロトコルデザインと試験計画
臨床プロトコルの開発は、研究者、CRO、規制専門家など、多くの分野の関係者が関わる複雑な取り組みです。多くのステップは、過去の臨床試験デザインの再利用、ベストプラクティスの参照、システム間の整合性確保に依存しています。このプロセスを効率化するため、臨床試験プロトコルアシスタントは専門のサブエージェントのチームを活用して以下を実現します:

  • 過去の試験を分析
  • 臨床試験デザイン戦略の推奨
  • コラボレーティブなプロトコル作成をサポート

主要なエージェント:

  • 臨床研究検索エージェント: ClinicalTrials.govからデータを取得し、ユーザーが疾患、介入、スポンサー等によって過去の研究設計を探索できるようにします。過去の試験から適格性基準、評価項目、転帰指標を取得します。
  • 臨床試験プロトコル生成エージェント: ベストプラクティスと共通データモデル(CDM)を使用して新しい研究プロトコルを構築します。選択/除外基準、評価項目、統計解析計画などのセクションの作成と改良を支援します。

開発チームは、AIによるガイダンスを受けながら、フィードバックを取り入れ、デザインをリアルタイムに修正させながら、反復的にプロトコルを共同作成できます。

3. コマーシャル:リアルタイムの競合情報
ライフサイエンス企業は、臨床的ブレークスルーからM&A活動まで、急速な市場の変化に遅れを取らないようにする必要があります。これまでは、アナリストやコンサルタントによる手作業の分析が必要で、時間とコストがかかっていました。Amazon Bedrock上の競合情報エージェントは、公開データソースを監視・分析する専門のサブエージェントを連携させることで、このプロセスの自動化を実現します。

主要なエージェント:

  • ウェブ検索エージェント: Tavily APIを活用し、コンテンツの品質管理機能を備えた関連性の高いニュースやウェブコンテンツを収集
  • USPTO検索エージェント: USPTO Open Data APIを使用して、トピックや出願人による特許情報を検索
  • SEC 10-Kエージェント: 企業の開示文書から財務情報とトレンドを抽出

これらの分析結果は、組織全体で実用的な情報として活用できます。営業チームは最新の動向を把握して医療関係者との対話に備えることができ、経営者はパートナーシップ、投資、競合状況に関する戦略的判断をデータに基づいて行うことができます。

まとめ:アイデアから実現へ

私たちは、Amazon Bedrock上に構築されたスターターエージェントを含む、ヘルスケア・ライフサイエンス分野向けのオープンソースAIエージェントツールキットを紹介しました。これらのエージェントは、バイオマーカー探索、臨床試験プロトコルデザイン、競合情報の分析など、実用的な機能を実証します。各事例は、開発者にインスピレーションを与え、初期段階の実験を効率化し、AIエージェントによるビジネス価値の創出までの時間を短縮することを目指しています。

AIエージェントの時代が到来しています — そしてAWSは、ヘルスケア・ライフサイエンス業界のお客様のイノベーション、事業拡大の方法を変革するパートナーとして共に歩みます。適切なツール、インフラストラクチャ、サポートがあれば、画期的なアイデアをこれまで以上に迅速にビジネス価値へと転換できます。私たちは共に、ヘルスケア・ライフサイエンス分野の重要な課題を解決し、患者、研究者、医療従事者のアウトカムを改善するAIエージェントの責任ある開発を進めていきます。

AWSの担当者に連絡して、事業の加速に向けた支援方法をご相談ください。

追加情報

Brian Loyal

Brian Loyal

Brian Loyalは、Amazon Web Servicesのグローバルヘルスケア・ライフサイエンスチームのシニアAI/MLソリューションアーキテクトです。バイオテクノロジーと機械学習において16年以上の経験を持ち、お客様のゲノミクスおよびプロテオミクスの課題解決を支援することに情熱を注いでいます。余暇には、友人や家族と料理を作って食事を楽しんでいます。

Hasan Poonawala

Hasan Poonawala

Hasan PoonawalaはAWSのシニアAI/MLスペシャリストソリューションアーキテクトとして、ヘルスケア・ライフサイエンスのお客様と協力しています。AWSでの生成AIと機械学習アプリケーションの設計、デプロイ、スケーリングを支援しており、クラウドでの機械学習、ソフトウェア開発、データサイエンスにおいて15年以上の総合的な実務経験を持っています。余暇には、自然を探索し、友人や家族と過ごすことを楽しんでいます。

Nadeem Bulsara

Nadeem Bulsara

Nadeem BulsaraはAWSのプリンシパルソリューションアーキテクトで、ゲノミクスとライフサイエンスを専門としています。研究・臨床ゲノミクス、マルチオミクスにおける13年以上のバイオインフォマティクス、ソフトウェア開発、クラウド開発の経験を活かし、世界中の医療・ライフサイエンス組織を支援しています。人々がより長く健康的な生活を送れるようにするという業界のミッションに動機づけられています。

Shamika Ariyawansa

Shamika Ariyawansa

Shamika Ariyawansa は Amazon Web Services(AWS)のグローバルヘルスケア・ライフサイエンス部門でシニアAI/MLソリューションアーキテクトとして勤務し、生成AIを専門としています。お客様のプロジェクトへの生成AI導入を支援し、分散学習に重点を置いてヘルスケ・ライフサイエンス分野での大規模言語モデル(LLM)の活用を推進しています。仕事以外では、スキーとオフロードアドベンチャーを熱心に楽しんでいます。

このブログは、Senior Solutions Architectの松永が翻訳しました。