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第7回 AWS ライフサイエンス シンポジウム

このブログは、 “7th Annual AWS Life Sciences Symposium” の翻訳です。
Dan Sheeran, GM Healthcare and Life Sciences at AWS presenting at the seventh annual AWS Life Sciences Symposiumニューヨーク市で開催された第7回Amazon Web Services(AWS)ライフサイエンスシンポジウムには、1,000人を超えるライフサイエンス業界のリーダーが集まり、最新のテクノロジーについて議論を交わしました。39名の顧客スピーカーによる26のセッションを通じて、ひとつの明確な共通認識が浮かび上がりました。それは、生成AIの未来が既に到来しており、ライフサイエンス業界がその受け入れにとどまらず、むしろ先導的な役割を果たしているということです。私たちは共に、生成AIの実践的な成功事例と課題を探求し、主要なライフサイエンス企業がAIエージェントを活用して成果を上げている具体的な取り組みについて深く掘り下げました。

データを競争優位性の源泉に

生成AI導入の競争が加速する中、変わらない真実があります。それは、AIの性能と戦略的価値は、その基盤となるデータの質に大きく依存するということです。

これは新しい発見ではありません。注目すべきは、私たちが急速に進化させている支援の形です。分断されたデータサイロを統合された戦略的資産へと変換し、お客様の最も強力な競争優位性へと進化させています。

AWSでは、データを3つの主要なカテゴリーで捉えています:

  1. 既存のデータ
  2. 新規生成データ
  3. サードパーティデータ

AIの真価は、これら3つが有機的に結合したときに発揮されます。まずは最初の2つ、つまりお客様自身のデータから始めましょう。私たちは、既存データの移行・統合に加えて、組織全体で生み出される価値の高い新規データの活用を通じて、データの価値循環を実現するお手伝いをしています。

Merck Research Labsのシニアバイスプレジデントである Matt Studney 氏は、AWS上に構築した臨床データレイヤーの事例を紹介しました。この基盤により、複数の研究にまたがる臨床データと運用データを単一のプラットフォームに統合し、目的に応じた自動化アプリケーションによってプロセスを大幅に効率化することに成功しています。

次に、サードパーティデータについて見ていきましょう。

リアルワールドデータ(RWD)は、製薬企業、医療機関、保険者、行政機関にとって不可欠な存在となっています。臨床試験の設計方法、被験者リクルートの管理、実環境での医薬品の安全性・有効性評価など、様々な領域で変革をもたらしています。実際、2019年から2021年の FDA 医薬品承認(生物学的製剤を含む)の85%がリアルワールドエビデンス(RWE)を活用しているのです。

しかし、RWDの持つ可能性の一方で、それを実用的なインサイトに変換する過程には依然として課題が残されています。データの断片化、高コスト、時間の制約などが主な障壁となっています。

そこでAWSは、パートナー企業と協力して、RWDのワークフローを効率化しています。多様なRWDソースの発見、評価、アクセス、分析のプロセスをより迅速かつ容易にすることで、従来4ヶ月を要していた作業を最短2週間まで短縮することに成功しています。

詳しくは、Datavant をはじめとするパートナーとの取り組みについて、AWS によるリアルワールドエビデンスの加速をご覧ください。Boehringer Ingelheim のような企業が既にその効果を実感しています。これらの強力で安全なデータコラボレーションツールの早期アクセスをご希望の方は、Lighthouse パートナープログラムのウェイトリストにぜひご登録ください。

また、Broad Institute と Manifold AI との新たな協業についてもお知らせできることを嬉しく思います。この取り組みでは、シームレスなデータアクセスと配信を、最先端の分析・コラボレーション機能と組み合わせています。Manifold は Broad のデータプラットフォームとデータサイエンス環境(Terraを含む)を最新のAWSサービスで刷新しています。具体的には、AWS HealthOmicsAmazon Bedrock、そしてAmazon BedrockのAnthropic’s Claudeを活用し、スケーラブルなAI駆動型研究を実現しています。

私たちの製薬業界のお客様やコラボレーターの多くは、既にAWS上で事業を展開しています。この協業により、データアクセスと配信をシームレスに実現し、分析とコラボレーションのための強力な新機能を提供できるようになります。– Broad Instituteのコアバリューメンバー、Benjamin Neale 氏

生成AI:実績ある取り組みの拡大

ライフサイエンス業界全体で、明確な傾向が見られます。企業はもはや単なる実験として生成AIに取り組んでいるのではなく、実証された成果を基に規模を拡大しているのです。私たちのお客様は、最も重要な領域で効果を最大化するため、生成AIの活用を戦略的に集中させています。

その代表例が Johnson & Johnson です。同社は最近、最も価値の高い生成AIのユースケースに経営資源を集中する戦略的転換を発表しました。このような焦点の絞り込みにより、投資対効果の向上、リソースの最適配分、持続可能なイノベーションの実現が可能になります。

この分野のもう一つの先駆者が Sanofi です。EVPおよびチーフデジタルオフィサーの Emmanuel Frenehard 氏は、シンポジウムで同社の取り組みを紹介しました。Sanofi は組織全体で生成AIを展開し、顕著な成果を上げています。

その代表的なソリューションが Concierge です。これは社内のポリシーや手順について、文脈を踏まえた的確な回答を提供するAI搭載アシスタントです。現在、Sanofi 従業員の80%以上が利用しており、AIが実務上の具体的なニーズに応える場合、いかに深く業務に組み込まれるかを示す好例となっています。

Sanofi のデジタル変革推進チームは、AWSテクノロジーを活用してイノベーションを加速しています。カスタマイズされたサードパーティモデルと高性能コンピューティング、ストレージ、GPUを組み合わせることで、研究開発のワークフローを最適化し、研究から治療法の実用化までの時間を短縮しています。

 Emmanuel Frenehard, EVP and Chief Digital Officer at Sanofi presenting at the Symposiumシンポジウムで講演するSanofiのEVPおよびチーフデジタルオフィサー、Emmanuel Frenehard 氏

ライフサイエンスにおける生成AI:実践的なユースケースと具体的な価値

創薬研究、臨床開発、製造、営業、全社機能など、あらゆる領域で、最も成功を収めているチームに共通するのは、具体的な高インパクト課題への集中です。パートナーのPwCと共に、お客様に実践的な価値をもたらしている主要なユースケースを分析しました:

  1. バイオマーカー探索 – AIエージェントを活用して文献と自社データを分析し、バイオマーカーの発見と検証を加速
  2. 規制対応分析 – 規制当局のフィードバックデータベースをAIで分析し、コストのかかるプロトコル修正を最小化
  3. 臨床試験分析 – AI支援による臨床試験データの探索的分析で、より深い洞察をより迅速に獲得
  4. MES(製造実行システム)チャット – 自然言語処理(NLP)でMESから実用的な洞察を抽出し、より迅速で確実な意思決定を実現
  5. セールスコンシェルジュ – 営業活動に関連する重要データをタイムリーに提供し、現場のリスクを特定するAIツール
  6. 340B 不正検知 – AI搭載の異常検知システムで 340B 医薬品価格プログラムの不正を早期発見
  7. RWD チャット – 自然言語インターフェースでRWDから全社的な洞察を導出
  8. プロトコル生成 – 生成AI支援による臨床試験プロトコルの作成で開発期間を短縮
  9. 高分子設計 – 複雑なバイオ医薬品の設計効率を高めるAIモデルで創薬パイプラインを強化
  10. 全社ナレッジ基盤 – 自然言語での質問に基づき部門を超えた知見を発見できる仕組みで、組織の縦割りを解消

これらのユースケースは単なる実験や構想ではありません。既に本番環境で稼働し、測定可能な成果を生み出しています。

これは、もう一つの重要なテーマにつながります。それは、お客様が今すぐ始められる、より簡単で迅速な導入方法の提供です。

世界のトップ10バイオ医薬品企業のうち9社が既にAWSの生成AIを活用しており、明確なパターンが見えてきました。特定の高インパクトなユースケースが繰り返し登場するのです。そこで私たちは、お客様がより迅速に取り組みを開始できるよう、AWS上にライフサイエンス生成AIポータルを開設しました。このポータルには、ライフサイエンス業界で実証済みの40以上の生成AIデモとカスタマイズ可能なプロトタイプが用意されています。創薬研究、臨床開発、製造、営業のいずれに焦点を当てる場合でも、共通の課題に対する実践的なソリューションを見つけることができます。AWSの担当者が、お客様のニーズに最適なソリューションの選定をサポートいたします。

AIをより身近なものにするもう一つの重要な取り組みが、Latent Labs との協業です。これは、ライフサイエンス向け生成AIツールの民主化を目指すものです。この協業を通じて、先進的な機能を研究者、臨床医、ビジネスチームが直接活用できるようになり、画期的な治療法の発見と開発を加速することが可能になります。

変革の担い手:AIエージェントがライフサイエンスを進化させる

このタイトルが全てを物語っています。Dan Sheeranの基調講演をはじめ、多くの顧客セッションを通じて、AIエージェントの重要性が繰り返し強調されました。

特に印象的だったのは、Genentech の John Marioni 氏による事例です。AWS上のAIエージェント機能を活用して科学研究の民主化と自動化を実現した取り組みを紹介しました。その効果は劇的で、ある著名な研究者は、従来2日を要していた細胞表面受容体の複雑な分析をわずか10分で完了できるようになりました。

また、Eli Lilly and Company のチーフAIオフィサー Thomas Fuchs 氏からは、エージェントシステムが既に科学的発見と意思決定プロセスを大きく改善している具体例が示されました。

導入の容易さというテーマに戻りますが、先週、ヘルスケア・ライフサイエンス業界全体での適用と開発を加速するためのオープンソースのAIエージェントツールキットを公開しました。

Amazon Bedrockを基盤とするこのツールキットには、ヘルスケア・ライフサイエンスのユースケース向けに特化したスターターエージェントのカタログが用意されており、マルチエージェントワークフローを統括するスーパーバイザーエージェントも含まれています。さらに、組織のVPC内でマルチエージェントワークフローを安全に構築、テスト、デモンストレーションできる開発者向けUIコンポーネントも提供しており、エージェントソリューションの設計におけるIT部門と事業部門のギャップを解消します。

ツールキットには、ライフサイエンスの主要なユースケースに対応したスターターエージェントが用意されています:

  • 創薬研究エージェント – 創薬ターゲットの同定、バイオマーカー探索、文献調査、実験計画の立案
  • 臨床開発エージェント – 臨床試験の分析、プロトコルの最適化、患者層別化
  • コマーシャルエージェント – 競合分析と市場洞察の生成

さらに、業界リーダーとの協業で開発されたエージェントも提供しています。例えば、世界有数の出版社であり研究分野でのリーダーであるWileyは、Cancer Medicineなどのクリエイティブコモンズライセンス論文を全文検索できる新しいエージェントをリリースしました。これにより、関連情報の探索と精査に数時間から数日を要していた作業が、数分で信頼性の高い引用付き洞察として得られるようになります。

これらの事前構築されたエージェントは基盤として機能し、開発者や専門家が一からエージェントを構築する必要性を排除することで、貴重な時間を節約します。個々のエージェントは、Amazon Bedrockのマルチエージェントコラボレーションを通じてマルチエージェントスーパーバイザーと動的に連携できます。これにより、開発者は新しいワークフローを構築するためにエージェント間の連携を柔軟に設計することが可能です。

Dan Sheeran, GM Healthcare and Life Sciences, presenting the AWS Healthcare and Life Sciences Agent Toolkit

テクノロジーの進化は加速する—私たちはお客様の変革を支援します

この1年間のイノベーションの速度は目覚ましく、その勢いは増す一方です。生成AIとAIエージェントの新たなブレークスルーが次々と登場する中、変わらないものがあります。それは、スケーラブルで安全なデータ基盤の重要性です。

この基盤があってこそ、次なる技術革新が何であれ、柔軟に適応し、進化を続け、新たな価値を創造することができるのです。

パートナー、お客様、そして参加者の皆様:私たちと共にこの変革の旅に参加いただき、ありがとうございます。これまでの成果を誇りに思うと同時に、さらなる可能性に大きな期待を寄せています。

詳しい情報はAWSパートナーをご覧いただくか、AWS担当者までお問い合わせください。

AWS Keynote speakers

参考資料

Dan Sheeran

Dan Sheeran

Danは、AWSのヘルスケア・ライフサイエンス事業部門(HCLS IBU)を統括しています。この部門は、ライフサイエンス、医療機器、保険会社、データサービス、そしてヘルスケア分野のISVやOEMなど、すべてのAWSのヘルスケア関連顧客をサポートしています。HCLS IBUは、AWSのクラウドや機械学習サービス、さらにAWSパートナーのソリューションを活用して、新しい治療法や診断法、医療機器の開発を支援し、より効率的で治療成績の向上につながる医療の提供を実現できるよう、顧客をサポートしています。2019年にAWSに入社する以前は、遠隔医療や慢性疾患の予防・管理のための機械学習に特化したデジタルヘルス企業を2社設立し、経営を行っていました。シアトル地域在住で、ノースウェスタン大学でMBA、ジョージタウン大学で理学士号を取得しています

Stephanie Dattoli

Stephanie Dattoli

Stephanie DattoliはAmazon Web Services (AWS)のライフサイエンス・ゲノミクスマーケティングのワールドワイドヘッドを務めています。ライフサイエンスとクラウド技術の融合分野を専門とし、過去10年間にわたって、主要なライフサイエンス企業の新製品の市場投入や事業拡大を支援してきました。スタンフォード大学で遺伝学の大学院修了証を取得しており、学部では経営学と戦略的マーケティングの二つの学位を取得しています。

このブログは、Senior Solutions Architectの松永が翻訳しました。